今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

『学び合い』について

さて、書く前からわかる、絶対長文になるということ。
ですが、これは自分の『学び合い』の理解、現在地を把握するために書くものであり、先生と対話を続けて考えたことを発信したい、ということでもあります。
よければ、読んでほしいな、と思います。

上越『学び合い』の会>

昨日は、西川研究室主催の最後の上越『学び合い』の会でした。
西川純教授のご退職に合わせて、西川研究室も今月で終わり。
なので、主催していた上越『学び合い』の会もこれで終わりでした。
そんな最後の会で、司会や話題提供をさせていただく、という大変貴重な機会をいただきました。一緒に運営してくれたメンバーに、本当に感謝です。
実は、今回のブログはその内容とも大きく関わっていますので、会の感想も併せて載せたいと思います。

○今回の会の趣旨

今回のメインテーマは『学び合い』のこれまでとこれから、でした。
研究室最後の会にふさわしいテーマだと思っております。
話題提供では、卒業論文として書かせていただいた、西川純教授、西川研究室の数十年の変容、そこから見る、『学び合い』における教師の資質能力の変容についてお話しさせていただきました。
会に参加いただいた皆様と共に、これまでの『学び合い』の姿、これからの姿について話し合っていけたのが、よかったなと思っております。

○会の感想

実は、話題提供や司会、ルームでのファシリテーションに全力を使っており、緊張もあって会の内容自体メモなどがあまりできていなかったのです。
ただ、話として振り返ることができるものを載せたいと思います。

まず、『学び合い』とは考え方である、授業レベルと生き方レベルは切り離して考えるものではない。
あくまで教師というものは、我々が生きていくためのツールであるのだから、授業をしなければいけない。
ただそこに、教員自身の人生、幸せがどう絡んでくるか、そこを重視しているかどうか、というところが大事なように思いました。

また、最近では、『学び合い』の会でも、方法論的な話をする場所でなく、さらに教員だけではない、多様な参加者で行う『学び合い』の会が増えてきていること。
これこそ、授業方法としてあった『学び合い』が、一人の人間の生き方を考えていく、それを会でみんなで話していく、というスタイルになることで、教師だけではない人、授業でない話題が多くなってきたのではないか、という話を受けて腑に落ちました。

これからは、『学び合い』の学校内の話だけでなく、共に社会について、自分の幸せについて語って、勉強していく機会が増えていくような気がしました。

○この会への思い入れ

少し自分のことを。
実は、この上越『学び合い』の会というものには、とても思い入れがあります。
学部生がゼミに入るのは、院生よりも少し早い、2年生の12月からです。
つまり、ゼミで過ごした時間は、二年間と少しあるわけです。
そこで、初めて出会って、学ぶ機会を得たのが、上越『学び合い』の会でした。
ゼミに入って、数ヶ月経たないうちに司会をやってみる機会をいただいて。
新たにゼミ外の人と知り合うきっかけが、そこから始まりました。

5月には、コロナ明けで、初の対面上越『学び合い』の会を開催して。
OBOGを含めた、いろいろな方々との繋がりが一気に増えて。

そこから、人と繋がる価値、学び続ける意味を、どんどん知っていったように思います。

そういう点で、この会は自分の原点の一つと言える会なのです。

寂しい気持ちもありますが。
だからこそ、何かしらつながって、残していきたい関係があったからこそ、来月以降もできる、新しい会を立ち上げました。
まず、大好きな仲間とずっとつながっていられるように。
そして、多くの人と関わって、学び続けられるように。

この会を、ずっと継続してきてくださった木花さん、OBOGの方々。
何より、参加者の方々に、心からの感謝を。

<純飯と、先生との対談から考える、『学び合い』の現在地について>

実は、上越の会が開催される前。そのお昼に、先生と主にご飯を食べていました。
いざその日の夜に話すということ、これまでの学びが蓄積してきていたということ、もう先生に会うことができる回数も少ないということで、たくさん対話させてもらいまいした。贅沢ですね。そこから得た、『学び合い』の現在地について、先生の言葉も振り返りつつ、書いていきたいと思います。

○授業レベルについて

まず話したこと。生き方レベルと授業レベルって話でしたが、そもそも、
『学び合い』の授業観や学校観的に、
「一人も見捨てない」
「子供集団は有能である」
「同僚であるということを学ぶ場」
「多様で多数の人の力を借りる」

そういう言葉がよく『学び合い』で使われると。
でも、これを生き方レベルに当てはめるとよくわからなくなるという話をしました。

そうすると。

それは、授業レベルの『学び合い』の定義であって、生き方レベルの『学び合い』の定義ではない、と答えてもらいました。

つまり、そういったよく使われる単語、授業観や子供観の枠を出た、授業ではなく生き方を考えていくことになったからこそ、そういう定義ではなくなった、というふうに捉えることができそうです。

○『学び合い』ナチュラルスタイルと『学び合い」ミッションスタイルについて

以前の授業見学で感じたこと。
先生が『学び合い』の授業をするときに。
先生が、その個人の雰囲気のまま、その人のそのままで授業をしていること、授業をするというか、『学び合い』の管理者としてあることを、自然体であるというふうに捉えて、『学び合い』ナチュラル、というふうに名前をつけてみました。

逆に、『学び合い』ミッションでは、子供達にミッションを与え、集団はこうだ!というふうにしっかり語ったりする、
つまり、先生が、先生として『学び合い』の管理者としてある状態を、そう名前をつけました。

これについて質問してみました。

違いどうこう、という話はなかったのですが、大事なこととして。
教員が考え、構成的にやるということは、ある程度のラインまでは子供達は育つかもしれない。
けれども、それでは教師の予想を越えられない、そういう集団にはできない、と言われました。
だから、予想してはいけない、とも。

おそらく、自分が目指している学級像も、こういうもの、自分の予想を越えてくるような子供集団にする、ということだと思っています。
枠を決めないことによって、飛び抜ける状態を可能にする、という認識かなと思って聞いていました。

○『学び合い』のレベルって?

厳密に、どこからが授業レベルでどこからが生き方レベルというかは難しい。
と言われました。確かにそうです。
ただ、チラッといっていたこととして、

学級▶︎学校・異学年▶︎ローカル▶︎生き方
という段階を踏んでいくというか、そういうふうに包含していっているような感じはしました。
学級のことだけしか考えられなければ、学校と対立する。うまくいかなかったりする。
学校のことだけ考えれば、職員集団と良好な関係は築ける。
だが、他の学校や地域と対立することもある。

ローカルを含めて考えれば、地域と協力してやっていることができるし、やれることも増える。

そして最後に自分の生き方を考え、幸せに生きる。個々人が幸せに生きる。
結局そうする手段の中に、ローカルも、学校も、学級も、全部包含して入っている、それらが良ければ、自分の幸せ的にも良い。

そんな認識として捉えました。

○生き方レベルの『学び合い』の定義って?

単純明快。

『幸せに生きること』

○「幸せを伝える」が定義に入らない理由

問答をしたりして、ゼミ生にも幸せを伝えてきたのに、なぜ『学び合い』の定義に、「自己の幸せを伝える」がないのか、質問しました。

まず、幸せに生きる方法やモデルを、伝えるのも伝えないのも自分次第である、と。

伝える状態には、いろいろあるけれど。
まず伝えなくていい場合は、今の先生の状態。
家庭があり、資本も充実していて。
こういった基盤が整っていて。
多様で多数の繋がりも、『学び合い』も、幸せを伝えていく必要も無くなった時。

そういう時は、伝えていく必要はないと言われました。
逆に。伝えていく場合。
これは、たとえば、自分のように教員になるとして、
60代くらいまで、要は定年くらいまで、教師でいる時は、伝えたほうがいい、と。

○なぜ場合によっては、幸せを伝えていく必要があるの?

まず、自分の幸せを追い求めて、そして伝えていくことに意味がある。
それは、特に教師であれば、それによって子供集団が作られていくから、ということでした。

どういうことか、自分なりに考えてみました。

ゼミでは、ずっと西川先生は自分の幸せについて語ってきました。
「家内が、家庭が大事。そのためのお金も大事で、幸せに生きている」
「君らが幸せに生きていく方法を考えて。こういうのおすすめだよ、」
といったふうです。

そして、先生はその通りに行動しているわけです。
ゼミ生は、その話を受けて、なんだかんだ言って、自分の幸せについて考えるわけです。
そうすると、結果的に「誰一人も見捨てない」とか、「多様で多数の繋がりを持つ」というものが必要であると見えてくるわけです。
そして、それを強く感じて、行動する2割にひかれ、一緒に行動したり、考えたりするわけです。

そうすると、結局授業レベルで言っていた『学び合い』の定義は、幸せを語ることによって、それらが包含した状態で伝わっていく。
また、各々が幸せについて考え、さらに互いの幸せを壊さないために、行動をしたり、逆に何かをしないことによって、集団でバランスをとる。
何かトラブルがあっても、先生の生き方を知っているし、尚且つ集団で考えること、それが自分にとって得になると気づける集団であるからこそ、集団の自治運営につながる。

そうすると!
結果的に、問題が起こらない、もしくは起こったとしても教員の介入によって強制的に収められた状態ではなく、自分たちで解決していく方向に向かうため、教員の元にくるトラブルなんかも減っていく。

子供達が幸せだったり、納得した上で話しているのであれば保護者からのあれこれは減る。

集団ができれば、点数が上がっていくため、学校内や教員間でのあれこれも少なくなる。

つまり、幸せを語ることに『学び合い』のセオリーが含まれているからこそ、集団形成ができるし、自分が幸せに生きているから、言動の不一致も起きない。
話していることを体現しているから、軸もブレず、信頼も得られる。

だから、幸せを伝えていく必要があるというのは、教員としてうまくやっていくためにも必要なこと、ということで腑に落ちました。

だから以前授業見学に行った時の、コスパ、という話も、理解できました。

また、『問答』をするポイントも、すべてここにあると思います。
より良く伝える、自己開示にもなる、集団作りにもなる、伝えていくことができる手段として、『問答』は有効だ、というふうに理解しました。

○西川先生の幸せが、ずっと変わらない理由。

先生は「家族仲良く健康で」をずっと言っています。
僕らにも、早く結婚、家庭、と言います。

ゼミにいると、それだけが幸せの価値じゃないじゃない、と思ったりするときもあります。
学級でそれを伝えていくとなった時にも、それだけが幸せではないし、子供たちそれぞれの幸せがある、と思います。

じゃあ、なぜ先生はそれをずっと言っているのか。
それについても聞きました。

要は、人間の本能的に、満たされるからである、と。
ホモサピエンスの本能は、
・自己保全
・種の保全

その本能がある限り、それらが満たされた状態が幸せに近いのではないか。

だから、労働として教員でお金を稼ぎ、家庭を持って。
それが結果的に、自己保全と種の保全につながる。

だから、家庭とお金については、より多くずっとゼミで言われるのだなと。
先生がそれを語り続ける理由は、人間の本能から考える幸せについて、言っているのだなと。

確かに、そう考えると、合理的です。
自分の幸せの根幹が、人間の本能的に求める欲求であり。
それが自分の目に見える形の幸せにつながっている。

知識を求めるのも、成長を求めるのも、人を求めるのも、それに近いのかもしれない。

要は、ハズレのない、幸せについて、語ってくれている、とも理解しました。

<私自身のこれからについて>

私の新しい夢は、みんなが幸せな社会。
具体的に言えば、個々人にそれぞれ、つながりがある状態の社会、誰一人も見捨てない社会の実現。

それは、どこまでも、広い範囲で『学び合い』をするのと同じです。

先生にこの話をして、できる、と。

崇高な目標を掲げるのは、無理なことですか?と聞いたのです。

大事なのは、その崇高で大きな目標が、自分の行動や言っていることに一致していることだと。

それならば安心です。
『学び合い』の考え方で生きていく自分からすれば。
たとえ授業ではいどうぞ、をしなくとも。
『学び合い』の考え方で生きている。ま、結局すると思いますが。

そして、その自分の行動が、自分の目指す、叶えたい社会と一致していて。
それを学級に語って、人に語って、共にやっていくなら、何の問題もない。

今や授業方法、授業の考え方を超え。
各々がどう幸せに生きていくかを考えていく。

この研究室に入って、自分の幸せの基準が見えてきました。

これからも、いろんな人から学び、つながることで、自分の軸をブラさずに、驕らず腐らず強かにやっていこうと思います。

また卒業式の日にもまとめのブログを出そうと思っていますが。
早めの、まとめブログになりました。

いつも、ありがとうございます。
またこれからも、よろしくお願いします。