今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

2024

ありがとう!2024!!

 

もう少しで2024年も終わりですね。

今年一年は、おそらく自分の人生の中で最も濃い一年だったと断言できます。

この一年間、いろんな場所で、いろんな方々と関わらせていただき、貴重な体験・学びをさせていただきました。

関わってくださった方々、何より支えてくれいてた家族に、本当に感謝です。

ありがとうございました!

 

 

ということで、今年一年を振り返っていきたいと思います。

今年は、毎日の質がそもそも昨年よりも上がった、という感覚があります。

ですが、それは一年の中で、大きな挑戦の機会が多数あったからです。

中東教育実習、教員採用試験などが大きなものでした。

バレーなどで大会に参加したりもして、イベントも盛りだくさんでしたね。

そういう点では、ジムに通い始めたこともあって、生涯の健康や運動を視野に入れ始めたきっかけともいえます。

ブログ、SNSでの投稿を始めてから一年が経過し。

毎日(少しお休みすることもありましたが)投稿、発信する価値を実感することができるようになりました。

特に、授業見学、施設見学等のブログ記事は興味のある方に読んでいただくことができ、引用していただいたり、校内研で使用していただいたりと、ブログを書くことによって、自分の振り返り以外のところでも価値があることに気づけた部分が大きかったです。

本当にありがたい限りです。

 

そして何より自分の成長を、ゼミに入った価値を実感できたものこそ越後『学び合い』の会でした。昨年は全体司会として会に関わらせていただいて。

今年は、学部生の身として実行委員長の一人として役割をいただきました。

会を運営する上では、今までの小学校からの経験、学びが活きるのを改めて実感しました。

また、昨年は「初めまして」という会話が多かったフリートーク

今年の会では、「おひさしぶりです!」という会話が多くなったフリートーク

そこでも、発信する意味、繋がってきた意味を感じた部分でした。

会を無事に成功させることができたのは、ゼミの仲間、先輩方の力、参加者の方々のご協力があったからです。本当にありがとうございました。

 

 

さて、色々大きなイベントがあった一年。

ですが、何より変わったのは教育観、人としてどう生きていくか、という部分です。

それは、色々なところへの見学、イベントの参加などが理由です。

 

今年の冬。初めて県外で行われる大規模な『学び合い』の会に参加させていただきました。

そうです、群馬。

当時の現職教員の方々に連れて行っていただく形で、踏み出してみた一歩。

本来早く帰るべき、と思っていたところでしたが、思い切って、懇親会にも参加させていただいて。

そこで、『学び合い』をされている方々のお話を聞く。

そこからは、教採を放って、授業見学に連れて行っていただきました。

群馬、静岡、長野。

そこで授業方法としての『学び合い』を学び。

『学び合い』を成功されている方々、実践されている方々に共通するものがありました。

教員としての軸。『学び合い』を通してクラスの子どもたちにどうなって欲しいのか、という願い。

 

そこがきっと、『学び合い』は方法ではなく、考え方である、ということが腑に落ちたタイミングだったのだと思います。

 

そして、学校外の学びの場フリースクールなどにも見学に行かせていただいたのも、その時からでした。

初めてフリースクールに見学に行かせていただいた時には、すごく衝撃を受けました。

特に、自分が公教育で慣れ育った状態できたから、でしょう。

この頃から、教育観が大きく変わってきたともいえます。

 

そして群馬の時にある方に言われた言葉。「自分はどういう学級を作りたいのか。」

それを知るには、『学び合い』を実践されている方々が持っている、『軸』。

自分の『軸』が何なのかを知る、考えることが第一の課題でした。

学校への見学、会への参加、フリースクール等の学校外の学びの場での見学。

どこにいくにしても、そこにいる方々が持つ『軸』を感じてきました。

 

「子どもたちにつながりを保証する」「子どもたちの居場所」「一人一人に学習を成立させる」

 

では自分の軸は何なのか。それを見つける旅がずっと続いていました。

 

自分の軸は、意外の自分の経験、原点に転がっていたりするものでした。

ふと、小学校の頃の自分たちを思い出す。

自分たちが作った卒業式の舞台は、自分たちが一から台本を書き、物を作り、一人一人の個性を活かした舞台を発表する。

そこに先生は介入せず、見守っている状態。

あぁ、そういう子供達を、仲間を、環境を作りたい、それが自分の願いだなと。

 

だから、自分の教員としての軸、学級への願いとは。

『教員がいなくても、自立した集団になること』

それは最終的には、子どもたち一人一人が幸せに生きることを目標とした時に。

教員として自分ができることは、そこかなと思ったからです。

自分で考え、行動し。悩んでも、人と助け合って、乗り越えていく。

それを学び、最終的に各々が生きるそれぞれの場所で、そういった集団につながって生きてくこと。その基盤の考え方を、伝えられたら嬉しい。

だから、その環境を、その仲間を、その学びを。提供できる教員でありたい。

 

 

そうして軸を見つけることができて。

そして、越後『学び合い』の会の翌月、あるフォーラムで分科会の登壇者としてお話しさせていただける機会を得ました。

 

そこで語ったこと。

教員として、どう生きるか。社会人としてどう生きるか。全力でお話しさせていただきました。嬉しいコメントもたくさんいただきました。

 

しかし、立ちはだかったのは、「理想」という言葉。

その時の自分は、ゼミの師の言葉を借りて、理想を述べていただけ。

どうやったら、それが実行できるのか、必要なことは何かを、理解していませんでした。

とても悔しかった。

だから次の旅は、どうそれを理想ではなく、実現していくことができるかを考える旅でした。

 

瀬戸ツクルスクールでは、一条校ではなくとも、子どもたちの幸せな人生を保証できる社会の像を見ました。

それは、地域、企業が参画し、共に教育を考えていくこと。

そして、教育した人材は、社会、地域に還元されていき、循環されていくというモデル。

ここの学びのインパクトは、過去一でした。

 

そして、現在の公教育で大丈夫か、何ができるのか?という不安な気持ちで迎えた翌日の山崎先生の授業見学。

本当にすごかった。

 

自分たちは結局、公教育の教員になる道を歩んでいる。

学校内でできることは何か、その会の一つが示された気がした。

今どんなに小中高でのつながりを作っても、受験という断絶に悩まされる。

みんなバラバラになる状態。

 

でも、公教育ができること。

それは、

「誰かとつながるということ、関わること、集団になった時の力。それが最終的には、たとえ小中高のつながりだけではなくて。それぞれの生きる場所で、その力が少しでも価値があって、得であるという考え方を持った状態で送り出せれば。それは、最終的に子供達が大人になってからも幸せに生きていくことにつながるのではないか。」

そんな力を、そんな幸せになるための基盤を持って送り出すこと。それができることだなと確信しました。

 

そして、この二つの見学で得たことことそ、自分がフォーラムで足りなさを感じていた部分だなと。

 

そこからは、いろんな会に参加したり、市民立スクールに見学させていただいたり。

そもそも、来年から教員になる身として、まず授業レベルの『学び合い』も、なんて。

もう一度フリースクールにも行かせていただいて、以前よりもっとずっと深い話もできました。

 

いろんな授業を見ていて。

自分の軸、考え方、子供達への願い。それに合わせた方法は多様にある。

それのどれにも共通すること。その人の願いや生き方がちゃんとあること。

それが、意外と生徒に伝わっていること。

だから、生き方レベルの『学び合い』って。

 

授業レベルの『学び合い』は、「はい。どうぞ!」の形。

そして、自分の軸を持って、願いを持って、理論を持って、方法を選択し、子どもたちに伝えていく。

 

それこそ、『学び合い』から、『』になる瞬間かなと。

『』の中には、きっと自分の願いや、方法、色んなものが入るんじゃないかな。

そして、最終的には、自分の実践、オリジナルとして昇華されていく。

『学び合い』とは、言わない。でも、根本はどこまでも『学び合い』

そんな例を、山崎さんや藤田さんの授業から垣間見得たように思っています。

ま、自分の解釈ですが。

 

これも、繋がりがもたらしてくれた物です。

他の方から誘っていただくこともたくさん。

 

「新しい繋がりは、新しい学びを。既存のつながりは、深い学びを保証してくれる」

最近、思うことです。そして、もう一つ大事なこと。ずっと師が伝えてくれていること。

「本を読み、自分で考え、人と語る。」これは、本や論文を書く時について、かと思っていました。

 

もっと、拡大解釈できる。

「学び、自分で考え、人と対話する」

これは、どの場面でも、自分を成長させてくれる物だなと感じます。

とても大切な言葉です。

 

 

1000字くらいで振り返るつもりだったのですが、長くなりました。

もう少しだけ。

 

今までの学びを通して、

教員として学級に対する願い、教員としての軸。

教員として、一社会人として今後どう生きていくのか。

そして、自分の幸せを構成する柱。

そして、最近ずっと考えていたこと。教育をとっぱらった時の、自分の生きる核とは何か。

それらの答えが、今出せる答えが、この年末にやっと出てきました。

 

しっかり、書いて終わりたいと思います。

 

<教員として、学級に対する願い、教員としての核>

これは先ほども書きました。

子供達が大人になっていく時に。それぞれが幸せな人生を歩んでいけるように。

人と繋がること。人の力を借り、力を貸すこと。それらが得で、幸せに繋がること。

それが体験できるような、環境を、仲間を作ること。

『教員がいなくても、自立した集団』

 

<教員として。そして社会人としてできること>

教員としてできること。

子どもたちに、幸せに生きるための方法、基盤を、体験を。そして送り出す。

 

社会人としてできること。

そんな子供達が大人になっていくため、生活していくための、卒業後の受け皿を。

地域、社会で協力してそれらの環境を整えていくこと。

 

自分ができることは。

そういった学校内で送り出す役割と受け皿を作るきっかけをつくること。

学校と地域との架け橋の役割を少しでも担えたらいいなと思います。

そして何より。一人の人間として、幸せのロールモデルを体現して、子どもたちに伝えていくこと。社会のモデルの一つとしていくこと。

 

<自分の幸せの柱>

今年一年の経験で、自分の楽しいこと、夢中になれること、幸せに感じることは何か。

それは、『人』と『学び』であるなと。

人と関わること、話すこと。そして、本を読んだり、対話したり、勉強したり。

そもそも、学ことが、楽しい、面白い。

 

<教育をとっぱらった、『自分』を構成する核とは>

幸せの柱が見つかってから。

そして、寺子屋TANQでの市川さんのお話を受けて。

教育についての核はあったけれど、そもそも自分自身の核ってなんだろう?ってずっと考えていて。

年末に、やっと答えが出ました。

 

それは、『成長』です。

まず、自分自身が成長していくこと。

そして、人が成長していくのを見ること。

それらに、心の底からワクワクするし、感動する。楽しさを覚える。

そして、それらはやっぱり、自分の柱につながっていた。

 

 

自分にとって、大事なことをたくさん見つけることができた一年でした。

長くなりましたが、いつもブログや投稿を見ていただいて、ありがとうございます。

そして、この1年、関わってくださった方々、家族に。感謝です。

ありがとうございました。