今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

20260425 『学び合い』直江津の会

昨日は元西川研究室『学び合い』の会が日付を跨ぐ手前くらいまであり、今日の午前からは直江津『学び合い』の会へ。
昨日の会の振り返りは明日。

直江津の会は、今年入ってから体調を崩していたりしてあまり行けていなかったのですが、久しぶりに。

やはり自分を整える、学ぶ意欲が出る会でした。

私の持つ課題感が学校という話題に限定されてきているのを否めませんが、とりあえず目の前の課題感を、ということで。

自分の4月からの学級やこれからのことについて参加者の方々とお話ししていました。

その中で今日自分的に落ちたもの、考えたものをいくつか。

課題感の一つに、今後の学校の維持というものがあります。
児童数が減り、複式学級が生まれていく。
それ自体も難しいですが、いざ教員という立場になると、また別の視点でも考えなければならないことが。

単純に複式になれば、担任数は減る。
それが1つだけでなく、2つとかになると、担任数はさらに減るわけです。

そうなれば、今と変わらない校務分掌の量であれば、一人当たりの量が相当増えるわけです。

自分の学校だけでなく、これからどこにでも起こりうること。

そういった、子供たちを見る、授業をするという面以外で弊害が出てくる。

分掌量が多くなれば、当たり前に個人の負担は大きくなり、授業への取り組みや思考する時間も減ります。

無駄な仕事を省きながら、本当に現状必要なものだけに絞っていくことが必要になりますが、それができるのかどうか。

また、学校全体が揺らぐ原因として、高次の学校目標が定まっていない、もしくは定まっていても形骸化しているというものがあると思います。

これだけは!という学校の軸があるかないかでは、教員の裁量も、許されるラインも変わってきます。

例えば、「楽しい学校生活を保証する」となれば、教育活動全般の目標がそれになり。そこにおける方法は自由度が上がります。

そういった、根底を支える基盤というか、一本筋が通った目標というか。

そういうものがあるかどうかは非常に大切だなと感じます。

また、それらはコミュニティスクールや、保護者の方々としっかり同意できていて、尚且つその方々の学校に求める要望も反映されているか、というのも重要な気がしています。

現状、PTA総会や保護者懇談会はあるものの、保護者の方々が学校に何を求め、何を期待しているのかというのは正直見えずらいと感じています。

アンケートも、こちらから出したアンケートに答えることや、現場に対してどうこうはありますが、今後についてはあまり議論されていない気もする。

本来、つながっているすべてのものであり方を考えていくことによって、それぞれの責任が明確されると思っています。

そう考えると、今は学校に任される領分が多いけれど、でも何を任されているのか、という部分が曖昧だからこそ困ることもある。

本当はそんなこと求めていない、なんてことも起こるかもしれない。

必要以上に無理にさせようとする、なんてことも。

そのすり合わせを本来はもっととっていきたいのですが。

そんな思考をして、じゃあ学級懇談会もそういう形態にすればいいのか、なんてことを考えたりしました。
保護者の方々の願いを聞く懇談会、的な。

今日ピンときたこととして、もう一つ。
最近のブログでもよく書いている、自分が感じる『ズレ』の部分。
引き継ぎ等でも感じたものです。

集団としてみていて、その中における個人、個性。
それらを評価して、価値づけて、協力してきたけれど。
どうしても最後は個に目が向けられてしまう。

その自分にとっての、感覚のズレみたいなものを、他の先生方も感じることがあるのだなと。

今日納得した部分として、ある方が言われていた「社会構成主義的ではない」という発言。
ここが、すごく納得したところ。

集団、人と人とのやりとりのベースで知識や価値が生まれる、と考えている自分としては、そうではない状況がとても多い。

あくまで「個人」を捉える。

その違和感というか、ズレというかに悩まされているのか、ということで一つ納得。

まぁ、自分が感じるズレはこれだけではないのですが、今回は一つ説明がついたと。

今回の会を通して、自分的には学校ができることとは何か、あの教室で自分ができることは何か、ということを問い続ける必要があると感じました。
子供達の教育に関わっているのは、学校だけではない。保護者のエリア、地域が担うエリア、そして社会。
でも、自分のエリアだけ主張して、充実させたとことで、うまくいかないし簡単に崩れる。

だからこそ、教員として自分のエリアを充実させつつ。
他のエリアとどう協力し、どう意識をもち、どうみんなで考えていけるのか。

そのために自分には何ができるのか、ということをもっと考えなければ。

そして直江津の会に行くと、自分の無知さ、言語化能力の低さがよくわかる。それだけ参加者の皆様が学ばれているということ。

だから、行く価値があるのですよね、私にとって。

少しずつ余裕が出てきたからこそ、校内を俯瞰しつつ、もっと広く視野を広げ、思考し、学んでいくことが必要だなと感じました。