『学び合い』を共に学び合うセミナーin群馬に参加させていただきました。
場所は臨江閣と呼ばれる、国指定の重要文化財。とても趣ある場所で、その景色に圧倒されていました。一日とても天気が良く、お昼から夜までの回だったため、満月が登った臨江閣はもう圧巻。ドラマのワンシーンのようで。
そんな素敵な場所で行われた会だったのですが、私はその日講演される教授のゼミ生として本販売等に携われせていただきました。
会場セッティングもあり、ゼミの現職の方々と午前のうちに訪れました。
群馬の方々は、もう最初からすごく温かくて、素敵な方々でした。
一緒に荷物を運んでいただいたり、丁寧に駐車場案内をしていただいて、大変お世話になりました。そんな人徳、温かさを感じながら準備スタート。
ボランティアとして一緒に準備を手伝わせていただくことで、少しずつコミュニケーションをとっていく機会があり。美味しいご飯をいただき会をスタートしました。
その会や懇親会、その後の話では、学んだことが多すぎるため、どのようにまとめようかとても迷っています。少し今までの形式を変えて、箇条書きのようにまとめてみようかな?
<実践報告について>
セミナーでは、群馬で実践されている方々からのお話を聞く機会がありました。面白いなと感じたのは、『』を最初に始めた方のお話、というよりも、そこから繋がっていって、実際挑戦してみました!という方々のお話を聞けたり、あとその実践をした学級にいるお子さんを持つ保護者の方が登壇されていたところがびっくりしました。
参加者の中には、教員だけでなく、別の職業の方から保護者の方もいらっしゃって。
保護者の方の声というのは、すごく響くものがあります。実際に子供の変化を間近でみているという点で、こういうふうに子供を見ているのか、と思ったり。あとは、どのような見方で実践されている先生を見ているのか、というところにも興味がありました。
<西川純教授の質問タイム>
やはり、いつものゼミの風景だなぁと感じつつ。
スピーディーに捌いていく姿がさすがでした。
卒論での記録を取る際にも思うことですが、メモを取る余裕がないほど、ペースが早い。
どのような頭の回転をすればそうなるのかなぁ、なんてことを考えながら聞いていました。
後に別の先生方と話したときに、もしかしたらある程度会話の流れを作るようなそういうポイントがあって、そのポイントごとに誘導して話していたり、そのポイントに到着すると自然と一つの回答に絞られるようになっているのでは?なんていう話も出て。
そういったところに着目して卒論のデータを取るのもいいなと考えました。
<お片付け>
会の終了後、お片付けを手伝わせていただきました。なんだろう、仕事の分担が、誰も何も言わなくても自然と行われていく。そんな中で、ペアになった方とものを運びながらお話したり。それぞれの能力に合わせて、人との関係性を見ながら仕事を担っていく。
誰とでも、普通はコミュニケーションを取れるわけじゃないし、誰かがあたふたしていてもおかしくないと思っていたけれど。
なんだろう、参加者の多くが教員の方だったからなのか。それとも、『学び合い』のようなチームとしての力があるのか。テキパキと進んでいく片付け。
素敵な空間。
<懇親会>
懇親会では、この会の前日に別の『学び合い』の会で出会った、OBの方とお話ししたく、隣の席に座らせていただきました。懇親会中は、ずっとお話しさせていただいたのですが、もうすっごい学び。いつも感じることですが、OBの方々の言語化能力には感服します。
そこで学んだこともつらつらと。
先ほど書いたことにもつながりますが、私の卒業論文のことについてもお話しさせていただいて。
その中で、質問にたいして先生が答える際の、そのターニングポイントとなっている会話。
またそのポイントに達する少し前の会話。それらが重要なのではないかという視点。
確かに、動画を数本見る中で、授業観や人生観の話につながっていく前には、何かしら似たような流れを感じるようにも思います。そこを分析してみるというヒントをいただきました。
また、その方がやられている実践についてのお話も。
『学び合い』をしない『学び合い』。おそらく、西川先生の言う、守破離の破や離のような状態になっている授業をされている。見た目はもう一斉指導型の授業形態。
でも、そのお話を聞いて、私は、
あ、これは、動かない『学び合い』だな!って。
子供達同士で『』では対話が行われていく。その方は、その会話をクラス全体に届ける、全員が聞くことができるようなファシリテーターのような形をしている、そんな気がします。
間違っているかもしれませんが。
そうやって、子供一人一人が考えたことを、共有して。それが誰かしらの理解に引っかかって。そうすると、結局誰一人も見捨てない、わからないという状態を作らないようなそんな形になる。
けど、まぁみんなができる技術ではないなとも感じました。すごすぎる。
そのためには、やはり深くまでの教材理解、教材研究、瞬発力、洞察力。問いかけ、発問の良さ。
これは、単純にどんな教員にだって求められる能力。
それを、『学び合い』の考え方を用いて発揮するとこんな授業になるのか、なんて考えて。
すごく興味が湧きました。
そこで、対話の重要性という話につながっていきました。
<対話の重要性>
対話。
それは、古代からずっと行われていること。自己対話、他者対話。自他の対話。
対話を行っていくことが、自身の理解を深める。
この話をしていく中で、少し日常で感じていた疑問を投げかけさせていただきました。
「自分は、近くに家族がいるというのもあって、なんでもすぐに相談してしまう」
それに対する答えとして、
「相談するときは、まず自分の考えを先に話すのが良い」と。
確かに、実は悩み始めた時にはすでに、何かしらの答えが自分の中で出ていて。
それに対してうだうだ悩んでいることが多い。
「じゃあ、自己対話だけが重要なのですか?」と聞けば。
対話を通して、自分の考えと人の考えを相対化してみれる。
相手も、回答を先に言われないとどの立場から言っていいのかわからない。と。
確かに、だから家ではただ聞いて欲しいのか、アドバイスを欲しいのかわからない難敵話が出るんだなぁと理解。
自己と対話すること。人と対話すること。そうしていく中で、自分の意見が作られたり、それが相対化されることで確かなものになっていく。
そう考えると、確かにあんまり自己対話できていないな、と感じます。
だから、はっきりした答えを言えない時がある。なんだか腑に落ちていない感じになることも。
そうやって、自分と、人と。話していくことが大切。
確かに、最近読んだ本、『アウトプット大全』にもそんなことが。
これは、インプットとアウトプットの流れなんだなぁって。
あとは、よく先生がいう、
・本を読み
・自分で考え
・人と語る。
これもそうなんだな、対話か。
そんなことを考えます。
<初任者として>
初任者としてどうしていくべきか、ということについても聞いてみました。
自己対話の不十分さというものから、意外と自分の学級像が曖昧なのかもしれないなんてことも考えられて。
新任の時は、どんなクラスにしたいのか、というものを作った方がいいよ、というアドバイスをいただきました。
また、その学習する意義を大切にすること。そこを常に自分に問いかけ続けること。また、その学習内容がどの学年の内容と繋がるのかも意識する。
結局、学習指導要領って大事だなって。
その辺もしっかり読み込みながら。単元構想するときは、しっかり考えたい。
それに、自分の学級像。漠然と『学び合い』やりたいとか、将来の幸せとか。
確かに重要。将来の幸せという視点は重要。
けど、そんなに崇高な目的を語れるのか?実感が伴わないのではないか。
じゃあ、その将来の幸せとか見据えたときに、
「今、どんな学級であればいいのか。」
それを、ちゃんと自分が像として持っておくこと。それが大事なんだなって感じます。
あと、教科の魅力もちゃんと大切。
自分がこの会の片付けで人と会話できたように。
同じミッションを共有しているときこそ会話が生まれる。
そのミッションが魅力的であればあるほど。
教材研究をする中で、その教科の魅力に取り憑かれすぎるのはよくない。
やはり、大元の核、大事にしたいことは残しつつ、手段としての教科学習。
その意識を持つことも、大事。
こうやって、基本のところは『学び合い』だけど。
その方法は多様になっていくんだなぁって。
<打ち上げ>
会終了後、群馬の会を企画、運営されていた方々の打ち上げに参加させていただきました。
いろんな話を聞くことができました。
どうして今のメンバーなのか。どこからこの会が始まったのか。
『学び合い』という名前がつく前からの歴史。
今まで触れることのなかった、書籍にだけ乗っているような話。
そのリアルな体験談。
それだけじゃなくて、本当に会話は多種多様。
健康の話とか、家族とか、投資とか。
あれ、教員集団だよな?って思うような話題の数々。
学級のことじゃなくて、幸せのことについて、みんなニコニコしながら語っている。
素敵だなぁ。
子供達が頑張る姿の話。聞いていてワクワクする。
『学び合い』合コン!?なんてのもあって。
え?誘われましたけども笑
不思議な空間だなぁと思います。
時々実践紹介が始まったりして。
また来たい、この人たちと関わりたいなって。
あれ。人と繋がる意味って。こういうこともあるんだろうか?
私がこのゼミに入って、求めているテーマの一つ。
それが、つながりの意味。
暖かさ、人から学ぶ。自分の理解に繋げる。自己開示した時のドキドキや受け入れられた時の安心感。褒めていただいた時の嬉しさ。居心地の良さ。
これも、一つのつながり。
少しずつだけれど、見えてきているなって感じます。
<行きと帰り>
今回、この会に参加するにあたって、その一歩を踏み出せた理由の中に、ゼミの現職の方がサポートしてくださったというのがあります。現職の方と車に乗ってゆらり行ったわけですが。
対話とは、究極の自己開示。
何せ、話を聞き、自分も話すわけですから。
いろんな話をしました。
自分の考えも、感想も、たくさん伝えました。
それでも受け入れてくださる方々なので。
そうすることで、本当にインプット、アウトプット両方が充実した状態になりました。
本当にありがとうございました!
<まとめ>
今回の会で見えてきたもの。
「つながりの意義」「対話って」
この二つがとても大きかった気がします。
そこから、『学び合い』の可能性。広がり。
前日に多くの『学び合い』の会に参加させていただいたこと、人と関われたこと。
そこでのインプットが、今回の会を通してアウトプットされた。
感覚に任せて、一歩踏み込んでみることの大事さ。
もっといろんな人と関わってみたい、話してみたい。
『学び合い』どうこうではなく。
学びが多い三連休でした。
関わってくださった方々。多くの学びの場をいただき、本当にありがとうございました。
またどこかで。