昨日は、初め直江津『学び合い』の会に参加させていただきました。
最初は、上越教育大学大学院の現職の方の論文発表から始まりました。
授業前の教員と子どもの問答を通しての変容を見るといった研究内容で。
ジョハリの窓の話も出てきて。
単純な教員の自己開示の手段として、まず良いなと感じました。
教員は、授業内や朝の会なども含めて、学校内すべてで語り、生き方を見せると思っています。しかし、それは実は教師から子供への一方向的なものであって。
それに対して明確に質問したりすることは少ないようにも感じます。
そういった場を設けることで、教員のことをもっと知ってもらうきっかけになったり。
でも実はそれだけでなく、質問している側も実は自己開示しているということについて深く納得させられました。たしかにそうだなと。
私もゼミで師に質問することがあり、同じ場には別の質問をする仲間がいます。
そういった質問の場で、教員とその質問した人だけの関係で終わりそうなところですが、実はその質問した人の質問内容を聞いて、その人のことが分かったりします。
すべてではない。けれど、どんなことを考えているのか、どんなことに注目して生活しているのか。
意識的にか、無意識的にかはわかりませんが、自然と聞いてしまい、判断している。
それが児童生徒にも同じことだと。確かにそうだろうなと思います。
それがまた、クラスが集団として成っていくというときに肝心になるのかもしれないとも思いました。
まとめると、そういった教員と生徒との問答を通して、教員と質問した生徒という二項関係だけでなく、質問を聞いている生徒と質問した生徒という関係も成り立ったり、それを聞いている周囲、集団という関係が生まれたり。それは単に教員にとって自己開示できるというメリットだけでは収まらないのかもしれないなと思いつつ。今後の研究が楽しみだなぁと思って聞かせていただきました。
その後はフリートークの時間に。
私は、あまり話したことがない方々の輪に入らせていただいて。
今回は特に話をたくさん聞いて、学びを深めることが多かったなぁという感想。
上越の会だと、それこそ最近では自分の意見を主張したり、一緒に考えたりということもありましたが、今回はそんな感じではなく。
感じたことを一言でまとめるとするならば、「現在の教育は、子供の将来の幸せとは直結していない。それが問題である。どう解決するか。」ということだったと思います。
そこでは、フリースクールや子ども園の話なんかも出ていて、幼少期から大学までの教育の流れを通して、果たして子どもが社会に出たときに、幸せになれる道を作れているのかということを考えました。
新設されたフリースクールの話もあって。
おそらく、寺子屋TANQさんに行かせていただいた経験が大きいのでしょう。
以前はフリースクール、、、?という感じでしたが、話についていくことができて。
フリースクールにもいろいろな種類があるし、求めている人も幅があって。
そういう点で、子どもがやりたいことを、学びたいことを自由にできるような、そんなフリースクールがまだまだ少ないなと思っています。どうしても特別支援が必要な子どもや、学校に行かなくなってしまった子どもの受け皿的な意味合いでのフリースクールも多く。
もっと、広まってほしいと思うと同時に、自分の将来的にも、教員以外の道もあると考える要因になっています。
また、特別支援学校や通信制の学校の事情についても多くのお話を聞くことができました。
ん-。非常に難しい。このくらいになってくると、やはりまだ話に追いつけないなぁと感じます。まだ知識不足。
特別支援学校を卒業した子どもたちの就職先の話や、特別支援学校や通信制の学校に入る道を選ばず、無理に普通科高校に進学して、、といった話も聞いたり。
これまたキャリア教育にもつながる話であって。
やっぱり、将来的な幸せということをあまり考えられていないで進学を希望したり。
印象に残ったのは、「普通の枠組みに簡単に当てはめてしまう」ということ。
そういうので大切な視点は、西川純教授の『学歴の経済学』に書いてありますが。
進路選択には、保護者の視点、子どもの視点、教師の視点が入ってきますが。
やはりすべての人が学ぶ意欲をもって。将来的な社会の構造だったりまで考えた進路選択をしなくてはなぁと思いつつ。
実際に自分に子どもがいたら。どういう選択肢を提示できるんだろうか。
子どもに決めてほしいと思うし、いろいろ考えてほしいとも思う。だから、その世界を広げる手伝いはできるのかなと思いつつ、そのためには自分ももっと知識を付けなければと思います。
最近感じるのは、『学び合い』を知っている方と話していくと、学級経営についてという話でまとまらず、子どもたちの生き方、将来のこと。それを考え、討論しているように感じます。最初の話題は 『学び合い』についてなのに。
だからフリースクールの話が出たり、インクルーシブだったり、お金だったり。町おこしだったり企業だったり。
でも、当然だとも思います。だって、人間が生きていくその一番最初を担っているのが教育。そこを考えるんだから、最終的には学校についての話で終わるわけがない。
あと、『学び合い』は授業方法ではないから。だから、生き方に昇華されていって。
気付いたら話のタネは『学び合い』でも、気づいたら生き方の話になっている。
面白いなぁと感じます。
なんだかんだ言って、初めて直江津『学び合い』の会に参加して。
時間ギリギリの集中講義だとか、雪だとかでいろいろ大変だったけれど、参加してよかったなと思えます。上越の会以外でもこういった場が近くにあるのは嬉しい。
来年からは、そっちも参加したいなぁと思います。バイトとの兼ね合いも考えて(笑)