宮島さん授業見学⑤
授業中に、一人でずっとやっている子に話を聞きました。
ま、そもそもその子はその授業内容のことはやっていなかったのですが。
「内容、ひとつもやってないけどいいの?」
「いいんすよ。今一番ヤバいのは漢字なので。」
「でも、くじで引いて発表があるかもしれないんだよね?」
「そうしたら、教えてもらいます。」
確かに、その授業中にその子はその学習内容を理解していなかったかもしれない。
実は問題に目を通していたし、周りの話は聞こえていたのですが。
ぱっと見は何もしていない。
でも聞けば、誰に聞けば良いのか、授業の雰囲気、クラスの点数などを自慢してくれました。
「教えてもらわなくても不安じゃない?」
「教えてもらわなくても、この授業赤点ほとんどいないんだよね。俺以外笑、それに宮島先生が教えてくれるのもわかりやすいよ。例とか。」
授業の形態にも、先生自身が教える時にも納得がいっているようでした。
結局、確かに学習はその子には成立していなかったかもしれない。
でも、その子は誰に頼ればいいのか、人の力を借りることが得であると言うことをよく知っていた。
学習したことは、大人になって直接使えるものは多くないかもしれない。
学ことをどう生かすか、思考の流れだったりは大事だ。
その部分がきっと学習指導要領で定められている、身につけさせる資質能力の部分であるはず。
それだけでなくて。
その子が、人の力を借りる、人に力を貸す。
その関係が自分が幸せになるために必要であること、得であること。
それが腑に落ちているのであれば、生きていく力は身についているように思いました。
自分は。
確かに、教員として学習が一人一人に身についてほしいなと言う気持ちもあります。
人と人がつながってほしいとも。
でも、私の願いは、やっぱり子供達が幸せに生涯生きてほしいと言うのが大きな願いです。
そして、学校でそれを願うなら、学級に対しては、先生がいなくても自立した集団になることを願います。
それを、教科を使ってです。
私は、必ずしも万人に教科学習がいる、とは思えません。
だから、それがその時間にできなくても。
その子自身が自分の幸せにつながるための何かを身につけて、感じてくれたら良いなと言う授業がしたい。
生きるために大事なことが、腑においている子供達を見て、より強くそう感じました。