今日もイワシ、はぐれてます。

海のような広い心で。

不寛容

今日は上越『学び合い』の会に参加させていただきました。

本日はオンラインと対面でのハイブリットということで、実際に会に来られる方と、来れないけれどオンラインで参加される人を集めての同時開催。

初めての試みでしたが、どちらも盛り上がっており良かったと思います。

オンラインにはオンラインの魅力があり、対面には対面の魅力がある。

双方の利点を引き出すためのハイブリットでしたが、まだ改善の余地はありそうでした。

 

私はその中で、つながりを求めてオンラインの会に張り付きました。

今回は自分の意見を話すというよりも、周りからお話しを聞き、自己の成長につなげることに。

 

印象的だった話しとして、「不寛容さ」「愛着障害」「『学び合い』がデメリットに働く場面」というものがありました。

お話しされていた方は生徒指導の担当でもあり、私の所属しているゼミの卒業生の方でありました。いじめや、学校でのトラブル、不登校。こういったものが、「不寛容さ」から引き起こされているのではないかというお話。

先生に対して、友人に対して、親に対して。そして一番は自分に対して。

 

自分に対しての不寛容さ。許せない、ということが周りに対しても同じようにしてしまっていると。

確かに、意外と日常でイライラしているときの原因には自分に対しての苛立ちがあって。大人であれば上手くコントロールできる場合もあるけれども、やはり周りに対して気を遣う余裕もなくなるし、いい影響を与えることはない。相手の事すら許せなくなってしまう。

言語化してみると、確かに「不寛容さ」というのが重要であるように感じました。

こういった面で、他者に・自分に寛容になる。これは、許すことや感謝することが大切になると思います。そんな寛容さを持つクラスになるには、やはり教員から始めるしかないのでしょう。余裕をもって行動し、誰に対してでも感謝したり、誠実な態度を心掛ける。それをきっと子どもたちもみているのだろうなと思います。

 

実習でもすぐに実践できる点であるので、どんどん行動したいと思いました。

 

また、教育現場での現実というもの、理論としての『学び合い』。ただ学べばよいなんてことはなく、常に現状に合わせて変化させていく必要があるのだと思いました。

『学び合い』が逆効果になってしまう児童がいたとき。おそらくただ今の理論を盲信していれば全員を幸せにすることはできないでしょう。

常に更新していく必要がある。

そのためのつながりでもあり、同じ経験をされている方は多くいるはず。

つながって、解決していくしかないなと思います。それも、個人ではなく、集団で。

それが、『学び合い』の「離」にあたる部分なんでしょうか。

 

もっと考えて、もっと実践する必要がありそうです。