教員になってから、ふとした時に本当にふわっと、素晴らしいなって感じる瞬間がある。
例えば今日の一幕。
授業内容の解説を15分以内で収め、おそらく3/4以上がわかった状態で始めた練習問題。
当然とってあげられる時間は30分ほどしかなかったが、『学び合い』のスタイル。
早く終わった人、というかすでに予習でやっている人が多くなった今の学級。
解いてーといった後に答え合わせをしにくる人が増えてきたが、彼らがその後どう行動するのかよく見ていた。
結局、10分も経たずに学級の90%ほどはわかった状態、内容が終わった状態になった。
でも、遊ばずに、まだ終わっていない数名のところに、それぞれが集まっていく。
遊んでいる人や、学習と関係ないことを話している姿はなかったと思う。
最近は、『』中に目で見るのではなく、声を『聞く』意識を持つようにしている。
けれど、やはり聞こえてくるのは、あの手この手で伝えようとするセリフ。
とうとう最後の1人になったけれど、どうするのかな?と思っていたら、まさかのクラス全員でその子の机の周りを囲みにいく。
結局、誰かが「そんな多くても集中できないから!」という声でみんな解散したのだが、それでも「全員で何かしようと行動する姿」が見られたのが、私的には非常に素晴らしい姿に映ったわけです。
結局、最終的には全員達成はできなかったけれども、想いは伝わる。
まず『全員に得意不得意があることがわかっている上で、それでも全員達成を諦めない』という姿。
そこが大切なのだなと。
極論、全員達成することが目的ではなく、その過程やそれによって得られるものが大切なはず。
でも、そこが大切といえば、そこだけ切り取って価値を見出して行動する集団を作ることにもなる。
それは、妥協による行動がで始める。
だからこそ、求めるのは全員達成である、と思っています。
クラスの成長の片鱗は、いろいろなところで出てきています。
1/2成人式のリハーサルを今日は行ったわけですが。
司会は実行委員になりたいといった子供達(そもそもクラスの半分くらい笑)に全部任せていました。
動きだけ、少し全員に共有する感じで。
十月にあった学習発表会よりも、行動のスピードや正確性が上がったように思います。
気づける人は素早く行動し、それに対して周りを見て行動するという部分が育っている。
司会をした子たちも、マイクを渡されても、ハキハキと堂々と話し、司会を進める。
まるで、これから来る5、6年生の姿です。
そういう姿が見られるからこそ、教員は面白い職業だなと感じます。
さ、今週の勤務も気づけば後一日。
後手から始まった戦いですが、本番の成功は準備の段階で決まる。
ここまで、着実と物事が進み、成功まで近づいています。
明日気を抜かず、子供達を信じて。
仕上げといきましょう。