1757
冬休み明けの一週間が終わる。
そして3連休。
最終日となる今日は、理科の授業も入ってフルコマ。
色々疲れた部分もあったが、心が温まるエピソードもあった。
改めて、人や職場に恵まれている、ということを心から感じる。
私自身、バドミントンを習い始める前、つまり小学校時代のことだが、お世辞にも運動が得意と言えるタイプではなかったと思う。
足も特段速いわけではないし、基本的なことはやれても、応用することはできない。
なんなら基本的なこともできていたか怪しい。
スポーツを習って、自分の体の感覚がどうだとか、学んだりコツを掴むことによってできる!という感覚を掴んでからは、楽しい、と思ったりできる可能性が見えたりすることは多かった。それが中学校や高校、大学での運動につながっている。
さて、そんな小学校時代、正直言えばできないことの方が多かったはず。
総合などの授業が多く、充実していたことにより、考えたりコミュニケーションを取る、というところは自信がついたと思うし、能力としてもつけることができたと思う。
でも、実技は厳しいところもある。
そんな自分ができなかったことが多いはずの小学校の先生になったというのだから面白い。
例えば、逆上がりや縄跳びなんかがいい例だろう。
みんなある程度できたりするやつが、できない。
そして、小学校で経験するそれをイマイチな形にしたまま中学校に行き、大して触れられることもないまま大人になる。
が、先生になるということはそうではない。
また、そこに戻ってくるということでもあった。
うちの学校の先生は、本当にいろいろなことができる人が多いな、と日々感じる。
自分は情報やICTの系統が強いと思っているけれど、副教科と言われる部類は正直まだまだ。できて音楽か、体育の球技や陸上。中学校や高校でも機会があるものだ。
そんな環境下で、私は職場で結構自由にお話ししたり、好きなことを好きな分だけ話しているところがあるので、苦手なもの・できないものについては素直に伝えているし、職員室の広さ的にほとんどの職員がわかっているとも思う。
以前鉄棒の授業がある時に、逆上がりをやったことがない、という話をした時には、鉄棒設置のタイミングで、他の先生方からコツを教えてもらったり、実際に見てもらってアドバイスをいただいた。
そして、授業中の子供達に混じって、やってみて、コツを掴んで。
子供より楽しんで喜んだ記憶は新しい。
さて、今度は縄跳びだ。
これも職員室で、できないんですよねぇ、という会話をしていたら。
別の島にいた先生が、どれくらいできないの??やってみようよ!といって速攻縄跳びを持って廊下へ連れ出される。
3連休前ということもあって、早めに仕事を終え帰ろうとしている先生方も数名見にきたり、一緒にやりにきて。
まさかの、廊下で縄跳び。
当然、私は全然できないわけだが、周りから見て、状況を伝えてくれたり、アドバイスをもらう。
実践して、自分でも分析、周りからも分析してもらう。
気づけばみんなであーだねこーだね言いながら、やってみたり、教えてくれたり。
そうやって結果的に、人生で飛んだことがないよ!というようなのをとべたり、こんなに回数できなかったなぁ、というくらい連続でやれたり。
「人生で初めてかもです!」みたいな話をして、盛り上がった。
何でもかんでもこの一言でまとめるのはアレだが、『』だなぁ、と感じる。
私自身は、職員室での環境から「わからない、できない、苦しい」をしっかり伝えられる。
そして、それに反応して、「やってみよう、教えるよ、一緒にやろう、できるよ」といってくれる人がいる。
そこから学びたいと思った人や、面白そうだと感じた人が、集まっていく。
そして、和気藹々とした雰囲気で戻ってくる教職員を、管理職は微笑ましく見守り、迎える。
本当に、自分にとって恵まれた環境であり、素敵な方々だなぁと感じる。
こういうことで盛り上がれる、放課後の職場って、すごい素敵だなとも思う。
当然、まぁこれまでもそうだけれども、「わからない、できない」ということをすぐに伝えて、答えてもらえる、そんな先生方。
心から感謝していくのは当たり前として。
いくつか、考えて念頭に置いておくことがある。
まず、当然これが当たり前である、とは思わない。
恵まれすぎている、とも思う。
だからこそ、自分のできない、から話題が派生していくように。
どの職場に行っても、「できない、わからない、難しい、困っている」は必ず存在していて。
それこそ話題にして、みんなで繋がっていける、雰囲気を良くしていけるとも思う。
そういうふうに、繋がりを生むのと同時に、繋がりを拾って、繋げるということも、自分は挑戦していけるのだなと感じた。
また、そうやって教えてもらったたくさんのことを心に留めて、感謝しながら。常に「何かできることはありませんか?」の思考を回し続けること。
自分ができること、自分にしかできないことなど、恩を返していきたい。
恩を返すには、年数で移動が決まる教員の世界では、短すぎるところもあると思うけれど。
それでも、まずこの三ヶ月で何ができるか。
そして、これからの教員生活を通して、何を返し、何を還元していけるかを常に考えて、努力したいなと思う。
最後に。大人になって、これまでできなかったことが色々と浮き彫りになってくる中で。
でもそれは恥ずかしいことではない、とも思う。
チャンスである、と。
自分ができない分、やっぱりできない子供たちの気持ちがわかる、とまでは言わないけれど、おそらく彼らに一番近い状態の大人になれる。
そして、それを、この年齢でもできないことはあるし、でも努力すればできるようになる、ということを、子供達と一緒に活動する中で見せて、楽しんで、伝えていくことができるとも思う。
そんなことを思ったり。
結局、両方のことを念頭に置いた時。
おそらく、自分は『できない』ことが多い人間であったし、今でもそうだと思う。
でも、自分の努力や、周りの人から学ぶことによって『できる』『できた』をより多く経験することができる人間でもあると思う。
だからこそ、『できない』ことに目を向けるのはなかなか苦しかったり逃げたかったりするが。
自分の成長の余地があることは嬉しいし、『できる』にしたいとも思う。
そして、その結果として、子供たちに還元できるものがあったり、先生方(今の関係性だけでなくても、いずれベテランになったりした時に、後輩へ)にも還元できるものがあったりするはず。
なのでやっぱり、自分でも、人からも学び続けて、成長して、還元していくことが大切であり、自分の生きる指針になっているなぁと感じる。
だからこそ、学ぶことをやめない。一生。