今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

20251220 直江津『学び合い』の会

今日は直江津『学び合い』の会に参加。

そもそも、昨日は相当遅めに帰ってきて。
ブログを更新してから気づけばリビングで寝ている。
起きたのは2時過ぎ。
全く回らない頭と動かない体をなんとかして、風呂に入る。
そして寝るのが4時過ぎ。
体がなかなかボロボロですが、午前中にリセット。

午後から会に参加してきました。

会には、久しぶりのゼミの先輩方も参加されていて、とても懐かしい気持ちになりました。

ですが、毎日投稿の価値もあってか、何しているか、という部分はざっくり把握されている。

そこで会話が途切れないのが、発信を続けてきて感じるメリットです。

今回は、主催の金井さんの学校での実践について発表。
クラス会議をベースにどう学校生活や教科学習に繋げていくか、という部分が話に出ていました。

私自身、学級の課題を、子どもたち事にしたい、ということもあり、クラス会議はぜひやって見たいと思っていたところでした。

3学期から挑戦できるように、私自身の下地を整えていきたいなとも思います。

今回の会で一番考えたことは、やはり子どもたちがどう学校に参画していくか、というところ。

教員になって、あまりアンテナが反応していなかったのですが。
よく考えてたら、文化祭や運動会等も、子どもたちと作っていきたい、そう思っていたはずなんですが。

気づけば教員の手で運営、なんていう現場の当たり前に流されていたように思います。

コミュニティスクールにも、子どもたちに参加して欲しい、という話が会でもあって、ハッとしました。

実際、私もコミュニティ・スクールに何度か担任としてや、研推、授業者として出させていただきましたが、子どもたちがその場に入って共に考える機会が、今考えれば確かに必要だったなと感じます。

結局、子どもたちが参加しなければ、一向に子供達事にならず。

教員があれこれ画策し、一喜一憂する結果になりそうです。

そんなことを考えていくと、子どもたちが参画できる部分は非常に多く、できることも多い。

けれど、それが叶わないのは。
やはり、今日の別のブログにもあげたように、現場内に潜む子ども集団は無能であるから、教える対象・管理する対象である、という子ども観や教育観。

逆に、子供達自身がやって見たい、なんとかしたいと考えたことは、校内でも盛り上がりを見せます。

あー、盲点というか、私もこう、教員の当たり前、みたいなところにいつの間にか乗っていて、頭が回っていなかったなぁと反省。

だからこそ、こういう場で新しい可能性をいくつも考えることができるのは、非常に良いことだと思います。

来年、やれることは少しずつやって見たいな、と思います。

会では元ゼミ生と、人生の話や結婚の話、お金の話やAIの話など多様な話題で盛り上がる。

AIでスライドを作ったりするのは、自分も挑戦してみたい。

お金については、私自身今年一年で、目標としていた額を投資することができ。

またそれによる心境の変化もあったりで、それらについて話す。

毎回ですが、直江津の会は参加者の方も、話題もどんどん多様になっていますね。

だからこそ学べることが多い会です。ありがとうございました。