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仕事終わりに、色々と買い物などをしてきたり、家族と話していたりでこんな時間に。
学校で明日の授業は作ってあるので、投稿後はもう寝ようと思いますが。
買い物は、新しい学びに繋げるためのもの。
少しずつスキルアップをしていきたいなと思っています。
さて、タイトルにもありますが、最近子供たちから、
「先生だったらどうする?」という言葉が聞こえます。
以前までも、「先生は〇〇?」という自分に対しての質問が多かったのですが。
今は、「先生だったらどうする?」とか、「先生だったらどう思う?」とか。
あとは、「先生はどうだった?」というように、過去を聞いてくる人もいます。
これはまさに、朝の会から授業、給食、帰りの会まで、あらゆる場面で自分の言葉や行動で語り、『自分』を伝えてきた結果でもあると思っています。
それは、自分とはこういう人間で、こういう価値観を持っていますよ、と伝えたり。自分はこういう生き方をしてきましたし、こうしていきたいですよ、という人生について話すこともありますが。
そういうものに興味を持ってくれたり、自分で考える判断材料としてくれていることもあります。
今日はテスト前の模擬演習的な授業。
追加の課題も今回は用意していなかったので、早く終わった子たちが、「先生だったら、こういう時間はどうする?」と問いかけてきました。
私は今も昔も変わらず、高い点数を取りたい、というよりも、自分に対して納得する結果が欲しいし、それが将来につながるかもしれない、と考えるため、「残り時間の限界まで、何周かするかな。もしくは、人に問題を出しに行ったり、課題を変えたりして学習を続けると思う。」
そういったところからヒントを得たのか、「じゃあそうする」といって、結局最後の時間まで繰り返し学習を行なっていました。
かといって彼らは、私の価値観や考え方、やり方に一辺倒ではなく、自分で考えて行うこともできます。
また、今まで伝えてきたものを振り返り、自分の頭で考え、行動することもでき始めています。
少しずつ、けれども確実に私の仕事を手渡し始めている。
そうやって少しずつ集団内の価値として落とし込み、自分という存在を消していく。
大学に入る前はそれこそ自分がなんとかする!とか、クラスを引っ張る!とか、スーパーティーチャーみたいに!とか考えていましたが。
今はそうではない。
どれだけ最終的に手渡せるか。
手渡して、手放せるか。
明日は、何を手渡していこうか。