今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

開始時間

1827

国語の時間に『』を初実施。
内容も難しく、時間確保が課題になった。
朝の会終了後からだらっとした時間、席に座らず、授業が始まらない時間。
そういう諸々が重なって、子供達が使える時間が減る。

減っていることに気づきつつ、冷静に課題と目標を提示。
使えるものはなんでも使える状態にして、スタート。

結果として、半分以上が終わらない状態になった。
当然。
自分は45分フルで使う前提で考えていた授業。
それを、半分くらいの時間でできるわけがない。

でも、それも良い経験。
結局、なんのために授業開始時間があるのか。
それを、みんなが守る必要があるのか、確かめる。

「一人が座らず、ゆったりと水を飲んだ時間。人と話していて、残り1分くらいのところからトイレに行ったり。それについて、何か怒ったり責めることはしない。でも、そこで失われた5分、10分。5分、10分あれば、終わったよって人、どれくらいいる?」

ほとんどの人が手を挙げる。実際、課題の取り組み状況から見てもそれくらい。

「自分が使った時間は、他の人がわかるために必要な時間だった可能性もある。よく、時間の使い方を考えていけるといいね。」

そんなことを言いました。

どこまで届くか、わかりませんが。
何度も、ゆったり、伝えていくしかないですね。