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国語の時間に『』を初実施。
内容も難しく、時間確保が課題になった。
朝の会終了後からだらっとした時間、席に座らず、授業が始まらない時間。
そういう諸々が重なって、子供達が使える時間が減る。
減っていることに気づきつつ、冷静に課題と目標を提示。
使えるものはなんでも使える状態にして、スタート。
結果として、半分以上が終わらない状態になった。
当然。
自分は45分フルで使う前提で考えていた授業。
それを、半分くらいの時間でできるわけがない。
でも、それも良い経験。
結局、なんのために授業開始時間があるのか。
それを、みんなが守る必要があるのか、確かめる。
「一人が座らず、ゆったりと水を飲んだ時間。人と話していて、残り1分くらいのところからトイレに行ったり。それについて、何か怒ったり責めることはしない。でも、そこで失われた5分、10分。5分、10分あれば、終わったよって人、どれくらいいる?」
ほとんどの人が手を挙げる。実際、課題の取り組み状況から見てもそれくらい。
「自分が使った時間は、他の人がわかるために必要な時間だった可能性もある。よく、時間の使い方を考えていけるといいね。」
そんなことを言いました。
どこまで届くか、わかりませんが。
何度も、ゆったり、伝えていくしかないですね。