1800
運動会の予行練習。
2時間以上続けてやるため、子供達も、教員側にも疲労が少しずつ。
本番、晴れるといいなと思っています。
大変な中ですが、子供達もすごくよく頑張っているなぁと思います。
もちろん、集中が少しづつ低下したり、お話が多くなることはあります。
ですが、それは大人も同じこと。
そういう時に、少し集中できるようにみんなで協力していく。
さて、一日過ごして、色々ありまして。
うーん、辛い・苦しいなと思うことが結構あります。
中でもやっぱり、子供集団に対して何か言っていただいた時には、そう感じます。
「見ていて、気になるんですよね〜」
気になる、という基準はいったいどこから出たものなんだろう。
子供達は頑張っていると思うし、取り組んでいる。
自分が一斉指導をする場面でも、聞こうとする人が8割くらい。
でも、そもそも人間集団の構造からすれば、8割いるのがすごく良い方、とも言える。
でも、2割がとても気になるらしい。
どうしたものか。
その子そのものを変える力は、教員にはない。
その子を救えるのも、学級集団だけ。
静かに座って、ずっと話を聞いて。発言する時だけ盛り上がって発言する。それが終わったらまた静かにする。
ロボットの育成か。
人が話しているときに、聞くことができる、というのは。
一つ一つ注意して、その度に縛ってなんとかなるものではないと思っています。
結局、集団で、聞かなければいけない、聞いた方がいい、という空気感や価値観が生まれれば、自然と協力して聞く態勢になっていくとも思います。
だから、こう、個のことだったり、うーん、自分の意図と違うなぁというところに対して、苦しい気持ちになる。
丁寧に聞いて、〇〇するとはよくゼミでも言われたものですが。
その〇〇が意外とできていない自分がいる。
丁寧に、聞いてしまっているだけ。
大切なのは、自分への評価か、子供集団か。
だからね、何割かを切り捨ててしまっている自分の一斉指導をすごく褒められると、逆に本当に辛い気持ちになるのですよね。
80%でいいわけあるか。常に目指し、達成しなければいけないのは、100%だろうに。
それがたとえ個人個人達成すべき目標が違えど、それでも諦めていいわけがない。
さて、明日は初の国語でも『はいどうぞ』やってみる。
漢字ドリルをみんなで同時ペースでやるのも、楽しいけれど、結局差が激しい。
当然、一回で覚えるわけもない。
少しづつ、子供集団事として捉えられるようにしていかなくては。