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ちょっと長くなる気がします。
昨日、睡眠時間にこだわらず、楽しくリラックスして寝ることをやったら、いつもより睡眠時間は短かったですが、気持ちや体の面ですごくリセットされました。
ここ最近の投稿を見て、コメントをくださる方々、本当にありがとうございます。
体調も良くなってきて。色々工夫しながら、やってみたいと思います。
さて、今日は初任者研修。同じ地区の初任者が一カ所に集まって研修を受ける。
午前中から定時まででした。
私の学校のすぐそばだったため、私は1限の算数をやってから研修へ。
研修の内容も書きますが、何より算数の授業での姿が素晴らしい。
火曜日は初任研担当の先生が来校される日でもあり、今日は朝から授業を見ていただきました。
授業を見られる、ということで、フルの『はいどうぞ』は避けています。
ですが、子供たちからも、「昨日みたいなのやらないのー?」とたくさん声が上がります。
なので、説明を極限まで短くし、『はいどうぞ』をする。
イメージは、『はいどうぞ』でやって、全員達成できるだろう課題量と時間を考え、残りの時間分最初に解説をしてしまう、というもの。
今日は、自分的に一斉指導も『』もとてもうまくいっている感覚がありました。
一斉指導に関しては、山﨑先生の手法を取り入れ、一斉指導型『学び合い』を実践しています。
当然、山﨑先生ほど上手くできるわけではないし、自分がやれていると感じるのはほんの一部分ですが。
イメージは、『学び合い』の話でもよく出てくる、古畑式かコナン式か、という話。
教科書をなぞって、徐々に気づかせていき、最終的にできるようになる、というのがコナン式。
逆に、最初から答えを提示し、そうなる理由を考えていくのが古畑式。
私の最近の一斉指導型の授業は、全部後者でやっています。
習っていないこともわかる人はわかる。でも、なぜ?と聞かれると答えられなかったり、全員が分かる説明をできない。
その擦り合わせを、分からない、まだ習っていない人と言語化し合いながら、『なぜそうなる?』を磨いていく。
だから、今回の算数も、最初に今日授業が終わってできていたらいいことを先出して(一部の児童がそもそも解いてくれる。)、なぜそうなるのかを全体で考えていきました。
最終的に、教科書に沿った回答というか、導き方が子供たち同士で生まれ始め、納得が広がります。
もちろん、まだわかっていない人はいる。それは、仕方ないです。一斉指導でできることは限られるから。(と私は思います。)
ここまで10分ほど。
さて、あとは私の説明でわかった7.8割の出番です。
思いっきり、力を借ります。
やる問題を提示して。
見捨てるな、とは言いませんでしたが、
「わかってるね。いつものことです。みんながわかるまで。ね。では初め。」
という感じ。最後まで全員が頑張り続け、今日の内容は全員が私から丸をもらって終わりました。
素晴らしい。
最近の面白い現象は、算数が苦手だ!と自分で言っていた子供達。
その子たちが進んでペアになって勉強していること。
この前は、予習したのか、やる気か、直感か。
クラスの誰よりも早く解き終わり、いつも教えてもらっているから、と教えようと努力していました。
面白かったのは、「せんせー!わかったし、教えたいんだけどさ!教えられないんだよね!なんて伝えたらいいか分からない!」
すごいなと思いました。
自分はおそらく、感覚的にできるようにはなった。
でも、それでは人に伝えられないことを知っている。
自分の理解と、人の理解は違うということ。
自分の言語が見当たらない。
でも、そのことに気づいている。それがすごい。
気持ちをたくさん褒めて、じゃあ、周りの人がどう教えているのか聞いてみたら?と言って、そこから混ざっていきました。
一長一短で教えられるようになるわけではない。
でも、少しでも自分はできる、挑戦するのが楽しい、人のために何かしたい。
そして、それが役に立った時、自分自身も幸せにつながっている、ということ。
それを、ゆっくりでいいから、実感できるようになっていってくれたら嬉しいなと思います。
そういうことが起こるから、本当に面白い。
結局、自分の一斉指導では一年経っても見れない姿だったろうな、と思います。
『学び合い』の考え方を持って、集団を見ていれば。
子供達の凄さを感じます。
それを感じれば感じるほど、信じたくなる、信じることができる量が増える。
今日は、私が1日出張です。
「君たちにミッション。体育祭のリレーの並び。全員が納得する形で、帰りまでに決めておいて」
それを言って、出張に行きました。
気になったので、帰り際に学校によって確認してみると。
子供達の字で、ちゃんと並び順が書かれていて。
それに、ちゃんと考えて並び替えられているな、というのがみてわかる。
授業時間以外で、どのタイミングでやったのか、とても気になります笑
給食の配膳や、食事中の姿勢。
入ってくださったからから、大きな花丸をもらっていました。
明日も、たくさん褒めることがあって嬉しい。個人ももちろん素敵です。
でも何より、集団が、素敵だなと思います。
さて。ここからは研修の話。
初任者が集まっていて、いろんな不安感などを共有することができた良い場でした。
と、締めればいいですが、少し考えてしまったことをいくつか。
まず、初任者の交流時間。
確かに、不安感や大変なこと、疑問などを交流することはとても良かった。
それぞれがどんな学校で、どうしているのかもわかりました。
ですが、不安の共有だけになってしまっていて、大きな解決策は出ない。
ここに、『学び合い』の会をやっていて良かったなということを思い出しました。
元西川研究室『学び合い』の会のテーマこそ、今日のような初任者の不安感などの共有です。
しかし、初任者だけが集まるのではなく、ベテランの先生方もはいるからこそ、ためになる時間になる。
ま、今回は「交流」が目当てだと思うので良いですが。そういう「解決」に向かうような場合であれば、やはり多様な人がいるというのはメリットだなと感じました。
初任研で、服務など法律の話はためになりますし、覚えておくべきところだったので納得。
少し疑問を持ったところがありました。
『なぜそれをするの?』にほとんどスポットライトが当たっていなかったことでしょうか。
学習規律のお話もありました。
どうやったら授業中安定するのか。
どうやったら児童生徒の意欲を引き出せるのか。
安定、という言葉に引っかかりました。
安定とは、静かに話を聞き、しっかりと椅子に座り、話すタイミングで手を挙げて話し、それ以外はまた静かに座って聞く。
具体的な方法は?という問いに、初任者の先生方も、多く回答を出されていました。
チャイム着席や宿題、ノート、立ち歩きをしない、など様々でした。
では、なぜしてはいけないのか?
なぜ逆に、安定させる必要があるのか?
その問いの答えを持たない限り、形だけで上手くいかないのかなぁと思ったり。
結局、大人になって、子供たちにどう育って、どう生きて欲しいのか。
そのために、法律で定められた学習指導要領があり。
それを行うのが、法律で定められている教育の学習内容。
その隙間に、色々なものが挟まっていて。
そういうものに、もっと『なぜ?どうして?それの価値は?将来とどう結びつく?』という思考で当たっていかないと、いけないのかなぁなんてぼんやり思っていました。
やはり、個人対応の話も非常に多く、子供に寄り添うこと、という話も多く。
さて、ゼミで過ごした時間と記憶が、それに対して色々言っています。
確かに、個人対応はいるし、生徒の理解も必要だと思います。私は。
悩みがあれば、聞くし、個人でも話しかける。
信用を作っていくことは、『』においても大切。
ただ、結局念頭にあるのは、『教師は、その子、そのことを変える力はない。』ということ。
だから、集団で見る。
何より、私は一年でいなくなるけれど。
彼らの関係は、一生続いていく。
どちらの関係が大事かなど、考えなくてもわかる。
だから、私に与えられた一年で、どうできるか、どうなって欲しいかを必死に考えて。
過ごしていくしかないよなぁと思います。
最近は、マイナス面のことばかり書いてしまっていました。
悪いことではない。マイナスがあるから、プラスがある、という言葉をいただきました。
子供達を見るのは、楽しいです。
特に、私が授業しているより、『』の時の方が楽しい。
予想外が、たくさん起こるのです。
たくさん、褒められるのです。
大変なのは、おそらく『慣れ』がない業務でしょう。
これは、一年目仕方がないです。
たくさん学びとる意識で、質問して、がんばります。
さ、明日も楽しみです。