忙しい日々でも、自分の幸せがどこにあるのかを考え続けたい。
自分が幸せでなければ、子供達を幸せにすることはできないと思うからです。
大学で言語化できてきた自分の軸や願い、幸せ。
実際に勤務してみて、少しずつまた新しいことがわかってきたように思います。
それをまた少しメモしていきたい。
これまで、自分の軸や核は『人』や『学び』にあり、そこから生まれる『成長』を感じる時、自分の幸せを感じるのではないか、ということを考えました。
そして、以前の旅行では、
→日々の生活→『人』『学び』→『自己成長』→『ために生きる』『還元』→日々の生活→・・・
これが自分の幸せかなぁとも思って、言語化していました。
さて、働いて4日です。
忙しい中でも、来年効率よく行うためにはどうするのか、子どもの幸せや自分の幸せにどう関わっているのかの思考を回しているつもりです。
そして見えてくることがある。
そして、自分の人生に共通していることがある。
まず、上記のサイクルは、自分の人生の中で非常に多く出てきます。常に回っています。でも、もっと言語化できる。
日々の生活とまとめましたが、正確に言えばそうではないことに気づく。
正確に言えば、『不安感』『未熟さ』『無能さ』『無力さ』
おそらくそれらが当てはまります。
そして、その次に来るのが、『嫉妬』『妬み』『羨望』
これらを良い感じで言えば、向上心に変わっているとも言えます。
それらが核となり、バネとなって、努力などに繋がっている、という感じなのではないかということです。
ま、自分の心の奥深くの感情ということでしょう。
つまり。
より具体化すれば。
→日々の生活→『不安・未熟・無能・無力』→『嫉妬・妬み・羨望』→『向上心』→『人』『学び』→『自己成長』→『自分や他者への還元』→・・・
多分、こんなサイクルで回っているんじゃないかな。
どこを出発点にするかは時々違いますけれど。
何よりこのサイクルというか、一連の流れは。
自分の幸せに関するものではないのかもしれない、というのが最近の仮説です。
これはおそらく、自分が生きてくために必要だった・そしてこれから必要なサイクル。
要は、自身の行動の根底にある核は、日常で感じる負の感情。
それらを克服するために自分の生活を整理した時にまとまったのが、『人』と『学び』の二軸。
そう言えるかもしれません。
じゃあ、自分にとっての幸せってなんでしょうか。
生物学的な欲求を叶えることも、そうかもしれませんし。
結局、そんなの色々な気もします。
今日の温泉だって、一人で行っても、二人で行っても、みんなで行っても楽しかった。
美味しいものは、一人で食べても、みんなで食べても美味しく感じる。
感じ方は、色々ですが、それでもどれも幸せで、満たされていると言えます。
つまり、日常にある様々なことを感受して、素敵だと思ったら幸せだとも思います。
残業はきついけど、話を聞いてもらったりする時間だと捉えれば満たされます。
だから、自分の核や軸の言語化はいろいろできてきたけれど。
自分の幸せについて言語化って、難しい。
その時によって変わるというより、自分の見方・拾い方によって捉え方が変わる。
要は、「自分はこれこれをして、こう思った。こういうところで満たされていた。
幸せやなぁって感じた。」
そんなふうに言えたら、それは幸せかなぁと思ったり。
ま、まとめると。
自分の生き方は分析できてきたけれど。
自分の幸せが、特にこれだ!って絞れることはまだなくて。
色んなことを楽しいと感じるし、幸せにも思うから、ありのままの具体を言語化することはできても、抽象的にいうとか、規則性を考えるのは、まだ難しいそうだなって話ですね!