今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

言葉足らず。

昨日は、SNSなどで発信していく意義を再確認できました。

新しくつながっていくため、自分の振り返りにするため、今までの繋がりを強固にするため、など色々ある中で。

更に、ずっと近くにいた、大切な人たちとのつながりを経たないため。
いつでもいることができる、相談できる、繋がれると伝えるための発信。

いろんな価値があるなと思います。

卒業式などの場面で感じたこととして、自分は意外と言葉足らずと言いますか、意図してあまり話さないようにしている感じがあるなと思いました。

おそらく集団などにいるときも、ずっと長々話している感じ、というよりも、適切な時に、適切なことだけ言っている、そんな感じなのかもしれません。

それは、人が話していたり、本来自分がダラダラ話している時間に黙り、適切な言葉に要約し、相手に伝えようとしているからでもあります。

しかし。
それでは、あまり自分の感情は伝わりにくい。

適切なことを言う人、みたいな印象にはなれど。
どこか機械的で、感情の表出に乏しいような、そんな感じを自分を振り返っていて感じました。

また、自分の体質?性格?上、あまり感情が外にたくさん出る、と言うか出すタイプでもない。

いつでも冷静でいたいなと言う気持ちはあります。

でも、激しい感情の表出などは、あまり集団の前でできたことがないような気もする。

実は、たくさん思っていること、考えていることはあります。
話したいこともたくさんあるし、これからとりあえず会えなくなる集団にだって、本当はたくさんの言葉を紡いで、伝えていきたいとも思ったりしました。
でも、長くなるし、グダグダしてしまう。

結局、伝えたいことはラインでもなんでも伝えるようにしたので、結果的には良いのですが。

そう言うことを考えながら、生きているなぁと思ったりしました。

でも、実はそこにSNSの良さがあって。
例えばこのブログ投稿。

これは、思ったより自分の内面を、たくさんの言葉で紡ぐことができる。
ダラダラ書いていたって、見たい人は見てくれるし、伝わってほしいことも伝わります。

だから、集団内にいる自分ももちろん自分なんですが、投稿などで出る自分は、もっと素の自分。

本当は言いたくて、考えていて、でも長くなってしまうからと言えない言葉たちも。考えも。

こういう場ならちゃんと残して、伝えていけるのが、良いところだなと思います。