今までの経験やゼミでの体験、それらを統合して新しい自分の夢について言語化できたわけですが。
『感情や状況を共有できる人が、全ての人にいる、そんな繋がりが持てる社会を作る』
結局、コメントもいただく中で考えたことは、それはどこまで行っても『』であるということ。
ということは、誰一人も見捨てない、を大事にする、もっと言えば実行するということで。
それが、学校や学級という単位だけでなく、社会という単位で行われること。
社会における『』を行うということです。
社会を、『』で囲う。
それが、自分の夢を叶える、そういう社会を実現することにつながるわけです。
「誰一人も見捨てない」ことを願う。
そして、誰一人も見捨てられない社会を作る。
それには、社会が一つの集団となって、その内部で余さず、つながりがある状態になれば良い。
もちろん。『学び合い』での理論と同じで、全員が常時繋がることを望むわけではないかもしれない。
でも、そんな人を気遣える人がどこかにいる状態は、可能。
言われてハッとすると同時に、おかしくなりました。
確かに、どこまで行っても『』をやっていくんだなと。
そうなると、社会という大きな集団の中で、自分がどのような行動をしていくのか。
そのためには、以前にも行ったように一人では不可能ですから、集団内で仲間を作っていく必要がある。
考えや願いを共有して、共に考える人が必要。
そして、自分が実行していくには。
社会という集団を考えるとき、教育は根本の一部かもしれませんが、全てでもない。
いろんな分野で、『』を行なっていくことが大事。
そうすると私は、、
教育中心、教育から頑張るのか。
教育外から頑張るのか。
群馬でも考えました。
プレイヤーとしているか、マネジメント側としているか。
プレイヤーでいながらマネジメントしていくか。
今後の方針を立てる、身の振り方を考えるという点でも。
たくさんの人と関わり、生き方を学ぶ中で、自分が目指したい具体的な生き方を模索していきたいと思います。