今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

ミニ 西川 純

やっと卒論に必要な動画データ全て見終わったーー!!

 

色々データの抜け漏れがあったりして調整していて。

夏から行っていた動画データの収集、カテゴリ分けがやっと終了しました…

 

といっても、それを今度は整理してグラフ化して。

あとは本の変容との一致を分析しなくてはならないし。

何より論文にしなきゃいけない。。。

けど、なんとか冬休み期間でいいところまで進めちゃいたい!

 

卒論の話は全て終わった後に書きますが。

簡単に言えば、西川研究室がYouTubeにアップしている『学び合い』問答の動画を見て、

そこで出ている質問をカテゴリ分けして、ゼミ生、先生、ゼミ内で行われている『学び合い』の変化、ひいてはそこにおける教員の資質能力の変容、そもそもそれがどんなものか、というところを明らかにする研究。

 

ま、問答という視点でのみ切り取っているので、一つの考察にはなってしまうのですが。

 

そのデータとして、約12年前?くらいから動画の蓄積があるので、それを視聴、カテゴリ分けをする、という作業がやっと終わった形。

 

動画数2000本、、、質問数としてこれから整理しなおしますが、一体なん個の質問が生まれてきたのか。

 

本当に、記録を残してくださった先輩方、そして何より『学び合い』の基盤を理論的にも、つながり的にも作ってきてくださったOB OGの方々に、心から感謝です。

 

 

 

さて、話は少し変わるのですが。

我々ゼミ生の共通の話題の一つとして、「ミニ西川」というのがあります。

まぁ簡単にいうと、ゼミの師である西川先生が、小さくなって頭の中に棲みつくようになる、と。

 

そして、問答前までに学び、質問を考えようとしたりすると、

「その質問はバカだなー。これこれこれこれ。。。」

って解説してくるわけです。

 

他にも、卒論や教採のようなやらなければいけないことから目を背けていると、

「そんなことしている時間があるのかな。助けてー助けてーっていう声が聞こえてくるよ?

 俺は大学生の時に13時間論文、、、」

という声が聞こえてくるのです。ホラーです。

 

 

しかし、これにもメリットがあります。

『学び合い』の授業レベルの質問や、そうじゃなくても。

ある程度、先生だったらこう回答するよなってのがわかるようになってくる。

 

特に、卒論で問答の動画ばかり見ているせいか。

ゼミ生の方が質問した時に、先生の回答を聞く前に予想してみるのです。

 

これって、こう言いそうだよな、って。

 

結構当たる。

 

ま、根拠や理論はついてきていないけれども、何度も聞いているから、同じ回答が出せる、という状態に近いのかもしれない。

 

多分、ゼミ生はみんなそうな気がしていて。

 

 

でも、それってすごいことだなって。

すごいのはゼミ生ではなく。先生がです。

 

要は、ずっと昔から、変わらず「同じことを繰り返し、一貫して伝えている」ということ。

だから、多分自分らも迷いなくこう回答する!ってのがわかる。

それは、方針も、言っていることも変わっていないから。

 

確かに、授業レベルから生き方レベルに、という話はあります。

でも、核は変わってないのかも。

 

 

自分が先生になった時。

きっと、自分の軸や核がはっきりした状態で臨めれば。

それはずっと言動に現れるし、子供達にも伝わる。

子供達が、「先生だったらこう言うだろう、こうするだろう」って認識してくれて。

 

それで、自分の目標が、「子どもたちに任せる。」だったら。

どれだけ子供達の選択や経験が増えることか。

 

そう言う軸や核を持って、子どもたちに選択肢が生まれる環境と、良い集団を与えてあげたい。そして、自分が責任を取れるように、理論も法も、守れる術をちゃんと身につけておきたいなと感じました。

 

さて、今度は整理頑張るぞい。