今日もいわし、はぐれてます。

海のように広い心で。

自分にとっての理想の教師像とは何か。

以前のブログでも書いた通り、4年生の最後の授業、その最終課題は自分の理想の教師像について書く、というものでした。

 

非常に悩みました。本心を言えば、理想ってなんだろう、誰の理想なんだろう、と。

色々考えて、とりあえず自分の今言いたいことを、記述の様式に合わせて書いてみました。

 

そうすると、文字数は合っているのに、様式通りにいかない。

様式は、例として理想の教師像とその理由、そのために必要な力を二つ書き、その理由と現状、今後の課題について書く、というもの。

 

もう、この形式を破壊しながら書いてしまったものですから、あー、これは出せないなぁと思い、もう一枚書くことに。

 

もう一枚の内容は、おそらく自分が大学推薦で受験したときに考えていたこと、推薦書?的なものに書いたものを思い出して書きました。

 

 

意外と、共通点ってあるもので。

教員になって、こうありたい、っていうのは、多分30%ぐらいは変わってない。

逆に言えば、半分以上は変化した、ということですけど。

ゼミに入って、自分変わったなぁと心底思います。

 

少し残念だったのは、やっぱり形式に則って書くということであれば、入試の時に使っていた、いかにも「先生になりたい!」という感じの文の方が書きやすかったということ。

 

今の自分の文は、結構言語化したり、まとめるのが難しい。

まそれもそう。最近考え始めたことがてんこ盛りってこともありますし。

 

卒業するタイミングでは、スラスラ様式に合わせてでも、今の自分の考えを書けるぐらいになってたらいいなと思います。

 

ということで、レポート提出締め切りも終わったことですし。今の自分を自己開示。

非常に稚拙な文ですし、記述の様式を守ったことで色々いい足りていない部分もありますが。

それに、意外と提出用の方も今の自分に引っ張られていたりして。最後の文とか笑

 

 

もっと、自分のことを整理しなきゃですね。

 

<大学入学前の自分が書くだろう理想の教師像レポート(提出用)>

私の理想とする教師像は、子ども達一人一人の心に寄り添い、共に学び成長していく教員である。社会の変化が激しい中で、心に寄り添う温かみを持ち、教員も挑戦し続けることが子ども達の成長の支えになると考える。

 理想の教師像に近づくために必要な力は2つある。1つは子どもを見とる力である。これは学級経営や授業構想などでも生かされる。また、子どもの些細な変化、成長を見とることで、それを褒め、価値づけることが可能になる。それが、子どもの自己肯定感を上げることにつながったり、自分の成長を振り返って、自分自身で生き方に自信を持つことができるようになったりすると考えられるからである。ボランティアや実習を通し、見とる力は成長しているように感じる。しかし、未だ教員の動作や声がけのみに注目し、子どもを具体的に見とれていないことが課題である。見取りの経験を増やし、的確に子どもを見とることができるように努めていきたい。

  もう1つは、学び続ける力である。変化の激しい社会の中で、教員や子どもに求められる資質能力は変化しつつある。また、子ども達の実態によっても、授業方法や学級経営方法は多様である。それは、大学での学びだけではどうにかできる範囲ではないと考える。その時に必要になるのが、教員になっても学び続ける力である。変化を受け入れ、柔軟に対応していくためには、その時々に学び、自己の成長に活かすことが求められる。この学ぶ力というのは、おそらく私の一番の長所であると考えられる。学びを楽しみ、自身の成長に繋げていくことを楽しむことができる。今後は学びを継続しながら、子ども達に学ぶ楽しさや喜びを伝えていきたいと考える。

  理想の教師像について書いてきたが、それは子ども達の実態によって柔軟に変化させるべきである。子ども達が将来幸せに生きていくことができるよう、常に何ができるか考え、学び、成長し続けられる教員でありたい。

 

<現在の自分が書く理想の教師像レポート(本音)>

私は、子供達が将来幸せに生きていくことにつながる学級を作りたいと考える。そのために、学級経営の軸に「教員がいなくても、自立した集団になる」という目標を据え、それを達成するために思考し行動することができる教師が、私が理想とする教師像である。

 集団が自立するというのは、例えば教員の指示がなくとも自分自身や集団で考え、行動することができるということや集団内のルールと社会のルールを照らし合わせて、できることを考えていくということであると考える。そこで教員に求められることは、多様な選択肢の提供と、子ども集団の自己決定の場を設定し、成功も失敗も価値付けしながら何度でも挑戦できる環境を保証することだと考える。そのために、教員の受容力、柔軟性、実態を見とる力、自分の中での価値基準が必要となる。私自身が失敗を恐れてあまり挑戦できないことが多いからこそ、今後は積極的に何事にも挑戦し、失敗する姿も見せながら教員として成長するのが大切であると考える。

 子供達が将来幸せに生きていくことにつながるためには、まず教員自身が自身の幸せを持ち、一つの人生モデルとして子供達に語り伝えていくことが大事だと考える。近年では、教職の忙しさがニュースで取り上げられ、苦しい顔で働く姿を子供達に見せてしまっていると感じる。子供達が将来を想像する時に、おそらく一番身近な大人である保護者や教員の姿を思い浮かべると考える。そこでの大人のイメージが、苦しそうに、毎日大変そうに働く姿というのは非常に残念である。だからこそ私は、予定管理能力や余裕を持つことを心がけて、仕事もプライベートも心から楽しめるようにしたいと考える。

 自分の目指す学級像、理想とする教師像を軸にしながら、子供達の幸せを願い、学級経営や授業を行うことが一年目から必要になる。そんな中で、失敗なども含めて、常に学ぶ意識を持って成長していきたい。