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2024/12/6 長岡市民立小中一貫校 じゆうがっこう

先日、長岡市にある、長岡市民立小中一貫校 じゆうがっこうに見学に行かせていただきました。

 

先月、ちょうど市民立の瀬戸ツクルスクールを見学させていただいて、自分の教育観がまたさらに広がったところで。

自分が就職する県にそういった市民立学校があるということに驚き、急遽連絡させていただきました。

 

そもそも、市民立小中一貫校になったのはちょうど今年の1月からで。

とても良いタイミングで見学させていただけたなと思っています。大変感謝です。

 

また、施設の見学だけでなく、そこの代表者の方ともお話しして。

お話を聞くだけでなく、色々対話という形だったこともあって、私自身も今までの学びについて振り返ることができました。

 

では、振り返りを。

 

まず、市民立ということで、学費としては無料。

お金を受け取るときは、寄付かイベント等で大人の方にワンコイン、といった形。

瀬戸ツクルスクールの時も感じましたが、やはり無料である、ということは相当大きい。

難しさも確かにあると思うのですが、無料だからこそ、そういったお金の面で人を選ばないのが良いところだなと思います。

 

子ども食堂とも連携されていて。

でもただの子ども食堂の意味ではなく、地域密着で学校に苦手を感じる子供達のための子ども食堂。そういう子たちにもつながりを作るための場所としても。

 

やはり現場の話を聞いても、公立の学校に行くのが当たり前の世の中で。

まぁ公立、というよりも公教育の場、でしょうか。

 

その方式に合わない人は増え続けている。

実際に長岡市不登校数が500人ほど。

でも、おそらくそれは明確な定義に則った場合で、本来それに近い状態の子どもたちは倍以上にいる。

 

そういう現状を受け止めて、どうしていくのか。

私自身、まだまだ自分の採用された県や自治体への理解が甘いと思っています。

そういう面を含めて、まず現状把握、分析が必要だなと感じます。

 

代表者の方とお話ししている中で、考えさせられる話がありました。

 

代表者の方の考え方として、「お金を稼ぐ、自分で仕事を作る。それが幸せにつながっていく」という考え方。

 

でも、今、その幸せを作る能力は大人から欠けているのではないか、ということ。

 

この考えには、非常に共感しました。

 

最近の学びなどを照らし合わせて、以前のフォーラムでもお話ししたように。

今後の社会への展望として、社会がより多くの幸せのモデルを作っていくことが大事になるのではないか、という予想。

 

そのためには、まず大人が幸せとはなんであって、自分はどう生きていくのかを考える必要がある、とも。

そこで、教員は、一つの幸せ、生き方のモデルとなって、子供達に実際の姿を通して伝えていく役割が果たせるのではないか、ということ。

 

それと、おそらく似たような考えなのではないかなと私は受け取りました。

 

まさに、それが教育から始められるのではないか、というところに目的意識を持たれていた。

 

瀬戸ツクルスクールでは、公立の学校に通いながら来ている子はほとんどいなかった。

逆にじゆうがっこうに来ている子供達は、学校に通いながら、時々こちらに来る、という子がほとんど。

 

そこが非常に難しいところだなと感じました。

保護者の方の意識や、地域との関係性、将来性。

どこまでシステム、精度が作られているのか。

 

そういったものが強く関係してくる。

 

実際、現在存在している市民立スクールの一覧を見せていただきましたが。

愛知は非常に多く。

北陸はほとんどない。

 

そういう点でも、地域での取り組み、地域の保護者の意識というのは、なかなか変えづらいところもあり、どうしていくべきか、なんてことも考えました。

 

 

子ども食堂での取り組みについては、引きこもりの方がボランティア等に参加してくれる機会を作ることで、人とのつながりを生む。

 

そういった、人とのつながりを、多様な年齢層で提供していることがわかりました。

 

確かに、教育や地域の問題を考えていく上で。

単純に不登校の子どもたちのことを考えていくだけでなく。

どれだけ多くの方が地域に参加しているのか、ということも考える必要があるのか、と新しい視点を持ちました。

 

 

来る子供達の話を聞いて。

やはり、不登校ではなく学校に通っている。

週に何回か、来ている、という感じ。

 

それはきっといろんな理由があって。

公立のカチッとした感覚の休憩場所としてだったり。

自分がのびのび過ごせる空間としてだったり。

居場所としてだったり。

 

 

最初は、公立へ行ったり来たりってどうなのかな、と思ったのですが。

でもよく考えたら、それもアリなのか、ということに気づく。

 

私の最近の構想としてあるのは。

子供達に多様な選択肢が用意されていて。

また、選択したくなったときに行き来することができるようなそんな教育がある社会。

 

自分の学びたいこと、興味のあることができたら、それに思う存分のめり込んで。

あれ、学習が必要かも、と思ったら、今のような一条校で勉強する。

それを色々行ったり来たりして、人ともつながりを持って。

 

そういうことを、誰もが認めて、応援できるような、サポートできるような社会や地域。

 

そう考えると、一概にどちらの学校へ通う、としなくても、良い、、、のか?

ここは、もう少し考える必要があるかなとも思いました。

 

例えば、瀬戸ツクルスクールは、学習教材もオンラインの良いものを揃えているということで、公立の学校に行かずとも、学習も、自分の好きなこともできる環境が整っている。

また、高校や将来までの道筋が整えられているからこそ、安心できるというのもあるでしょう。

 

これからの学校像がどうなっていくのか、予測がつきませんが。

でも、いろんな選択肢が取れる、選択肢が準備されていることに悪いことはないように思います。

 

もっと考える必要があるところかなと思いました。まだ自分の中でモヤモヤしているので。

 

 

公教育ないでのルールの話も出てきて。

廊下を走らない、はなぜ存在するのか。

色々な学校のルールがあると思います。なぜそれが必要なのか。

そこがよくわかっていないで、とりあえず指導するのは、あまり効果がない。

 

自分も必要性を感じて、そうする必要があるから、ということをちゃんと言えるようにしたいなと思います。

 

それこそ、自分のルールや考え方への価値付け、意味付けが大切になってくるところだなと。

 

そういう、ルールを守るという話から。

最近の子供達、大人の顔色をすごく伺っているよね、という話に。

 

それは、実はよく思っていることです。

例えば、怒られる、ということにとても拒否感を持ったり。

 

実際、私もそうだなぁと思います。

そうすると、どうしたら良いか、何をしたいかという基準は、大人になっていく。

学級なら先生。

 

だから、『学び合い』の授業では、先生たちは無意識か意識的にかはわかりませんが、子どもたちのやりたいこと、やっていることを肯定している。

 

藤田先生の授業でも、笑顔や目線によって、子どもたちの行動を肯定していた。

やってはいけないことはしっかり伝えるが、やっていることについては肯定する。

だから、子供達も、どこまでやってもいいのか、挑戦できるようになる。

 

『学び合い』では、指示がない。

だから、指示待ち人間ではいられない。

自分で決めて、自分でやる。

一人でやるも、みんなでやるも、自分で選択したこと。

 

選択の機会と、それによる成功と失敗の経験が、自分が主体的な行動をとる機会を増やしていってくれるように感じます。

 

 

教育は、『人』でできている。

小中高で、いいなって思う先生、こんな先生みたいに生きたいなって思う先生って、どれくらいいたでしょうか。

 

これは、先生が幸せのロールモデルとして伝えていくという話にもつながりますが。

 

この先生の生き方、いいなぁ、って思ってもらうのが、良いなって思います。

 

そういう、当たり外れって言い方は良くないけれど。

先生との相性って必ずあって。

 

大人は、上司と相性が悪いってなったら、逃げる手段がある。

仕事を辞めたり、部署を移ったり。

 

でも、子どもたちはそれが本当に保障されているか。

上司に当たる、先生と相性が悪かったら。

 

今、学校に行かなくなったら、終わりだ、みたいに考えることもある社会で。

 

逃げ道があるのか。

 

 

そういう意味でも、教科担任制や、複数担任制、公教育外の教育の場が増えることが望ましいかなと思います。

 

 

 

市民立スクールだからこそ、学校の目的は、市の目的と一致している。

「幸せってなんだろう」って考えていくこと。

この、幸せに生きる確率を上げる、そのための教育を。

そのためには、「自己決定」が必要になる。

自分で選択していくことが、幸せにつながる。

 

だから、じゆうがっこうのアンケートも、『自己決定』に基づいた内容項目になっていました。

 

 

幸せになる、というのもいろんな選択肢があると思います。

その選択肢をたくさん社会が見せて、自分で考えられる、そういう機会を教育が保障できたらいいと思いますし。

 

話を受けて。

そもそも、そういう選択を見つけて、できたとして。

それを実行するための心と体が健康でなければいけない。

 

これは別に、体が健康じゃないから幸せじゃない、ということでは全くありません。

 

自分の選択を増やすことと、健康は繋がっている、とも思いますが。

 

そういう意味でも、子供のうちにたくさん遊び、たくさん食べて、たくさん寝ること。

健康とは何か、どう実践できるかを考えておくことも大切だし、それは学校と家庭で担っていけることでもあるかなとも。

 

 

今回も、色々お話しさせていただき、学ことができました。

他の市民立スクールにも、とても興味を持ちました。

 

自分がそういった活動をするか、と言われればまだわかりません。

ですが、まずそういう学校が近くにあることに対して安心、という気持ちがあります。

 

その上で、そういった学び方、教育もあるということを、公教育側もしっかり伝えていかなければいけないなと感じます。

 

保護者説明会等を含め、今後の社会やこれからの教育の形、どう地域とともに参画して、子供たちを育てていくのか。

 

そもそも、どんな社会なら良いか。

 

学校や学級の話にとらわれず、みんなで将来を考えていけるような、そんな話題が学校中心に巻き起こっていったら良いなと思ったり。

 

そうすると、必然的に私が一年目の保護者説明会で語ることも、決まってきますね。

 

学級開きや保護者説明会。

おそらく、授業する以外に、とっても大切なイベントが、採用直後に待っているでしょう。

どんなものがあるのか、しっかり把握した上で。

 

一年目から、後悔がないように。

 

以前の学びから、失敗も、それを分析し改善してくことが大事である、というのはわかっています。

 

大変になったり、人としてのミスは、しっかり謝ること。

学ぶ意欲を持って、思考、行動し続けること。

 

でも、ミス=後悔にはならない。

自分がちゃんと考えて、選択した物に、責任を持てるようにしたい。

 

だから、今時間がある時に、どのように話したり、対応するのか。

シミュレーションするのもいいなぁと思っています。

 

その辺は、初任を乗り越えた先輩方にお聞きすることにします!

 

 

今回は、素敵な学びの機会をありがとうございました!