昨日(毎日12時を過ぎてしまうため、日記のつもりでも昨日になってしまいますね。。。)、美術の授業がありました。
臨時の講師をお招きして、その学校での美術的な実践を紹介していただきました。
私は実習を経て、小学校教員になりたいという気持ちがまたわき始めています。
しかし、やはり不安はあります。
図工が大の苦手なのです。
本日の授業でも、学級目標を児童たちとデザインするという素敵な実践が紹介されていました。
児童一人ひとりが多様な作品を作る。けれどテーマは同じだからどこか一体感が生まれる作品になる。
そんな学級目標のデザインは、クラス分けされての4月に行えば、クラスの団結量をより高めるよなぁと感じながら講義を受けていました。
私にはそんな素敵なデザインできるのだろうか。
とも思いましたが。
それこそ児童たちの力を借りてしまえばよいのでは?と思いました。
当たり前ですが、教師も人間。できないことはあります。
子どものころは、先生はなんでもできる、何でも知っている、、、なんて思っていた時もありました。
教師の神格化、とでもいえばよいのでしょうか?
それは、学級経営をするうえで、むしろ邪魔になるのかもしれないと考えます。
なんでも先生に聞けば解決する。だからとりあえず先生に言おう。
これは、子どもたちが自ら考え、課題を解決する力を奪ってしまっているのかなと思います。
教師だってできない、完ぺきではない。
だから他の先生方の力を借りることができるような人とつながれる力が大切になる。
そして、できないことがある、それを乗り越えようと頑張る教員の姿ほど、
児童たちは学ぶことが多いのではないでしょうか。
挑戦は悪いことではない。失敗は怖いものではない。
それすらも成功のもととなり。人とつながり、助け合う必要性を学ぶ機会になる。
完璧な先生にならなくてもよい。完璧=児童の幸せではない。
でも失敗することは恐ろしいと思ってしまうし、できないことがあると不安に感じてしまう。
そんな自分から脱却したい。